いつも公園に一人、時には桜を眺めて時間を過ごし、時には本を読んで何時間もそこから動かない。

弟の海人がいつの間にか仲良くなったその女の人。

名前も知らないその人を、海人が仲良くなるずっと前、冬の寒い頃から俺は公園の隣に立つビルの2階からいつも見ていた。

公園に来たときは夕方になるまで帰ろうとしない。

多分、何かを抱えているんだろう。

知らない人なのに、なぜか気になっていた。

海人が公園から顔を上気させて帰ってきた時、その人の名前を初めて聞いた。

「郁人、僕ね好きな人ができた。上野帆乃香って言うの。一緒に遊んでくれるんだ。それで、とっても優しいんだ」

海人の話を聞きながら、2階の窓のブラインドの隙間から公園を見下ろすと、あの人がこちらを見ていた。

「上野帆乃香・・・。そんな名前なのか」

「なんだよ、郁人。帆乃香のこと呼び捨てにするなよ。帆乃香は僕の友達なの。帆乃香はね、郁人と同じで今度高校3年生になるんだって」

「そっか、海人。仲良くしてくれる友達ができて良かったな」

俺と同じ学年らしい上野帆乃香。

学校では見かけたことが無いから俺とは違う高校に通っているのだろう。

それから春休み中は毎日のように公園に来ている上野帆乃香。

海人が声を掛けると、嬉しそうに笑う。そして小学生の海人と真剣に遊んでいる。

なにより海人が楽しそうにしているのを見られるだけで、上野帆乃香には感謝しかない。

海人は母親の愛情を知らずに育った子供だったから、上野帆乃香のことを母親と重ねているのかも知れない。

まだ高校生でも海人から見れば大人の女性だ。

そんな人が毎日遊び相手になってくれているんだから海人が上野帆乃香のことを好きだという気持ちも分からなくはない。

春休み最後の日、いつものように海人は上野帆乃香と公園で遊んでいる。

俺はその様子を親父の仕事を手伝いながら、仕事の合間に時折眺めていた。

夕方になり、海人が俺の名前を叫びながらビルの2階の事務所へ入ってきた。

「帆乃香が、帆乃香が怖い人たちに捕まって・・・郁人、助けて。公園に早く行って!」

顔を真っ青にして慌てている海人の様子を見て、ただ事ではないと感じた。

「海人、相手は何人いた?」

俺は海人を連れて公園まで急いだ。

「3人くらいだった。帆乃香が僕をかばってくれて、それで、それで」

「分かったからもういい。海人は俺がそいつらを引き留めているときにその女を連れて公園から逃げろ。もう公園には戻ってくるなよ。分かったか!」

「うん、分かった」

公園に行くと、3人の男に囲まれている上野帆乃香。腕や肩を掴まれている。

とにかく助けなければ。

この3人だったら俺一人で十分勝てる。

俺は上野帆乃香を海人に任せて、まず1人の男の胸倉を掴み、脅しをかける。

そうしただけで残りの2人はあっという間に逃げて行った。

さて。この残された1人をどうするか。

「お前、高校生か? いいのか、高校生がこんなことして。仲間はお前を見捨てて逃げてったな。で、お前は喧嘩の仕方知ってんのか?」

「すみません、もうしませんから。勘弁してください」

少し脅しておけばいいか。俺の手を痛めることも無いな。

「ボコられたくなかったら、二度とあの女に近づくなよ、分かったか」

「はい、もうしません。すみません」

俺はそいつから手を離し、解放した。