時計を見るともう夕食の時間は終わっている時間で、8時からの夜の勉強会までの時間をみんな自由に過ごしている頃だった。

「先生、問題が分かりません。おなか空きました。泣くかもしれません」

「おい、上野。泣くのはダメだからな。夕飯はちゃんとあるから心配するな。プリント終わったら食べれるから、頑張っちゃえよ」

「先生、トイレに行ってくるぅ」

「仕方ないな。早く戻って来いよ」

私は行きたくもないトイレに逃げ場所を求めて英語のクラスを出て、もう生徒が2、3人しかいないロビーまで出てきた。

このまま、あの玄関を出て逃げ出したい。

疲れ果ててフラフラ歩いていると、ロビーから声を掛けられた。

「帆乃香? なにやってんだよ。夕飯も食べに来ないで」

誰? 男の人の声で『帆乃香』って? 郁人なの? 

学校の行事で来ているのに『帆乃香』って呼んでくれたの? そんな些細なことでも今は心にしみる。

その声がする方へ振り返ると、やっぱり郁人がそこにいて。

「郁人ぉ、うわーん」

郁人の顔を見ただけで涙が溢れてきて。

「どっ、どうした、帆乃香! おい」

「ううーっ、どうして郁人は英語にしなかったのよー」

「はぁ? 帆乃香が俺のこと要らないって言ったんだろ」

「そんなこと、言ってないもん」

「泣くなって。で、まだ終わらないの?」

「プリント終わるまでご飯食べられないのぉ。先生が腕組んで目の前に仁王立ちしてるから緊張するのぉ」

「ああ、もう! そのプリント一緒にやってやるから、行くぞ」

そう言うと郁人が英語のクラスに入って行った。

急いで後を追うと、郁人が奥原先生に何やら話していて、

「分かった。今回は島田に免じて2人でそのプリント仕上げたら食事にしていいぞ。上野、良かったなぁ、優しい彼氏がいて」

「かっ、彼氏じゃな・・・」

「ほら、帆乃香、早く片付けるぞ」

郁人は私の否定の言葉を最後まで言わせずに言葉を被せて、プリントを始めた。

「だから、ここは現在完了進行形だろ。動詞にingを付けてさ」

問題をスラスラ解く郁人が神様に見えてきて。郁人の書く文字が魔法の呪文のようで。

「神様だよね、仏様かな。いや仏様は死んでるか。やっぱり神様だね」

なんてブツブツ言ってたら、郁人にシャーペンのノックボタンでおでこを突かれた。

「痛っ!」

「ちゃんと説明聞いて。次の問題を解いてみて」

「やっぱ鬼だ。悪魔かも」

「ほーのーかー!」

低い声で怒られた。郁人、怖い。

郁人に怒られながらもプリントの8割を郁人が、残り2割を私が解いて、先生に提出できた。

「よし。上野、自由にしていいぞ。夕食はバイキング会場じゃなくて、レストランに用意してもらってるから。島田も一緒に食べてこい。お前も食べてないんだろう?」

「えっ? 郁人、バイキング食べてないの? どうして?」

郁人が答える前に先生が、

「上野は分かってないなぁ。これじゃ大変だな、島田。先生でも分かるぞ、そんなこと」

そう言いながら奥原先生は英語部屋から出て行った。

「なに? どういう事なの? 先生は何が分かったの?」

「帆乃香は分からなくていいんだよ。大人の話だから。さ、腹減ったから、食うぞ!」

「わーい! ご飯だぁー」

郁人の後ろを歩き、レストランへ向かっている所を谷口さんに見られていたなんて気付きもしないで。