翌日も家にいるのが耐えられなくなると公園へ向かう。
今日はブランコには乗らず、ベンチに座って本を読んでいた。
また習い事の帰りなのだろうか、昨日も持っていたスポーツバッグを肩から下げて海人くんがやってきた。
「帆乃香、お待たせ。帆乃香って毎日暇なの? 僕と遊んで欲しい?」
「海人くんってさ、その話し方は誰に似たの? 生意気で可愛いよね」
私は読んでいた本を閉じて、ベンチをトントンと叩いて海人くんに隣に座るように促すと、海人くんは素直にそれに応じて私の隣に座る。
「僕の話し方? 生意気じゃないよ、素直って言ってよね」
「ふふっ。海人くんは可愛いなぁ」
「男に向かって可愛いって言うなよな。プライドが傷つくだろ」
小学生がこんな言葉遣いするなんて、絶対に周りの大人の影響だね。
なんだか彼氏との会話みたい。
「今日は鉄棒しよ。僕、逆上がりできないんだよね。3年生になったら体育で鉄棒があるんだって。逆上がりできないとモテないでしょ? だから帆乃香教えてよ」
うわ。私だってできるかわからないよ。もう何年も鉄棒なんて触っていないし。
それでも記憶の限り思い出してみる。小さい頃、お父さんに教わった逆上がり。
どんなふうに教えてもらってた?
たしか背中合わせになって、私の背中に海人くんを乗せる格好になれば海人くんが足からクルリと回れるんじゃなかった?
私は試行錯誤しながら海人くんの逆上がりを手伝ってみたけど。
結局自力でできるようになったよね、海人くん。
「わー、海人くん逆上がりできたじゃない! 凄いよ! やったぁ」
私は思わず海人くんを抱きしめて一緒に喜んだ。
「帆乃香、やめろよな。あそこの窓から父ちゃんたち見てるかも知れないから恥ずかしいだろ」
なんて海人くんに言われて。
「ご、ごめん。つい海人くんが可愛くて」
「僕そろそろ帰るね。また明日も来るだろ、帆乃香」
「うん、また明日ね」
海人くんが雑居ビルに入るのを目で追って確認すると、再度本を広げて、続きを読んだ。
もう少しここにいないと竜也さんに会ってしまう。
私は本を読みながらため息をついた。
それから春休みが終わるまで毎日のように海人くんと公園で遊び、仲の良いきょうだいのようになっていった。
春休み最終日、明日から遊びに来られない事を海人くんに教えなければならなくて。
「海人くんは小学校いつから始まるの?」
「僕は明後日からだよ。明日で春休みおしまいなの。帆乃香もでしょ?」
「ううん、私は明日から学校だよ。今日で春休みはおしまい。だから明日から遊べないの。海人くん、仲良くなってくれてありがとう」
そう言ってさよならを海人くんに言おうとしたら、海人くんが涙目になって、
「また遊んでやるから、ここに来てよね。僕はいつもここにいるから。だから、またね帆乃香」
泣き顔を見られたくないのか私に背を向けて、あの雑居ビルへ走って行った。
雑居ビルに入るまで見届けようと海人くんを目で追うと、公園を出た所で海人くんが高校生位の3人組の男の人にぶつかってしまい、弾き飛ばされた。
「海人くん!」
私は急いで海人くんのところへ駆けて行き、海人くんを抱き上げた。
「大丈夫? ケガしてない?」
海人くんにそう聞くと、その男の人たちが
「そっちじゃなくてさ、俺たちの方が痛かったんですけど」
なんて言ってきたから、私は咄嗟に謝った。
「すみませんでした。お怪我はありませんでしたか?」
「怪我したかもなー。痛いなー」
絶対に痛くなんてなかったよね。そんなのは分かり切っていたけど。
海人くんに何かあったら大変だと思って、
「お話なら私が聞きますから、この子は帰してもいいですか」
「へぇ、お前が付き合ってくれんならいいよ。子供は帰って寝てろっての。じゃ、お前こっち来てよ」
そう言うとその中の一人が私の手首を掴み、公園の中へと引っ張った。