今日もブランコに乗り、風に舞い散る桜の花びらを眺めていた。
大きな桜を見上げてボーっとそんなことを考えていると、すぐ隣からかわいい声が私を呼んだ。
「ねぇ、お姉ちゃん。次、僕にもブランコ乗せてよ」
見ていた桜からその声の方に目線を移すとそこには可愛らしい男の子が立っていた。
子供のための遊具を独り占めしていたことを恥ずかしく思い、
「あっ、ごめんね。すぐ降りるね。はい、どうぞ」
そう言ってブランコをあわてて降りた。
「ありがとう」
小学校低学年かな? まだ小さな男の子。
背負っていたスポーツバッグを地面に放り投げてブランコに乗って高くまで漕いでいる。
私はブランコの側にあるベンチに移動して、その男の子が漕いでいるブランコを眺めていた。
どれくらいそうしていたかな。
周りを見ても親らしき大人は居なくて。
いつまでも一人で遊んでいるその子が少し可哀想になって、つい声を掛けてしまった。
「ねえ、君。お父さんかお母さんはお迎えに来ないの?」
「お迎えなんか来ないよ。僕ね、いつも一人だから」
「そうなんだ。おうち近いの?」
「うん、あっちの通りの先」
男の子は公園の前の通りを指さして家の方角を教えてくれた。
私はこの子が帰るまで一緒に遊んで、もし遅くなるようなら家まで送ってあげようと思って自己紹介をした。
「私は上野帆乃香って言います。もうすぐ高校3年生になるの。君のお名前は? 教えてくれる?」
「僕はね、海人(カイト)。来週から僕も3年生になるんだよ」
「海人くんが帰る時間までお姉ちゃんと一緒に遊んでくれる?」
「なんだよ、帆乃香。一人で寂しかったのか?」
うわ、なんか生意気な子だな。でもそれがまた可愛い。
「そうね、寂しかったかも。ブランコ終わったら帰ろうね」
「いいけどさ。その前にブランコで靴飛ばしの競争しよ! 僕からね」
海人くんはそう言うと私の返事も聞かずにブランコを勢いよく漕いで片方の靴を空に向かって放り投げた。
その靴は綺麗な弧を描いて砂場の手前で落下した。
「よし! 次は帆乃香ね」
海人くんは靴を履いている方の足で片足ケンケンをして自分の飛ばした靴の手前まで移動した。
「僕ここまで飛んだよ! 帆乃香、越せないだろ?」
なんて生意気にも私をなめてかかる。
「よーし! 私は砂場の先まで飛ばすよ! せーのっ」
私は10年以上もしていない靴飛ばしのコツが掴めず、空高く上がった靴はブランコからたったの1メートル先で落下した。
「下手だなぁ、帆乃香。僕が教えてあげるよ」
それから私と海人くんは何度も靴飛ばしの競争をして。
結局一度も勝てずに、片足で靴を何度も取りに行くのが疲れた頃には辺りは薄暗くなっていた。
「海人くん、そろそろ帰る時間だよ。送っていくから、一緒に帰ろうね」
「大丈夫だよ、そんな子ども扱いするなよな。帆乃香の方が見た感じ危なっかしいよ。僕が送ってあげようか?」
やだ、海人くん可愛い。この生意気な感じが憎めない。
「心配してくれてありがとう。でも私は大丈夫だよ。さ、海人くん帰ろう」
「うん。じゃ、こっちだから」
そう言って海人くんが私の手を引っ張る。
そのまま手を繋いで歩き、公園から道を挟んだ先に見える雑居ビルを指さして、
「僕の父ちゃん、ここにいるから。ここでいいよ。帆乃香、また明日遊んであげるよ。じゃね、バイバイ」
「うん、海人くん、バイバイ」
私は海人くんが入っていった雑居ビルを見上げる。公園からすぐなんだ。
だったらそんなに心配することもなかったのかもな。
1階はSd’s不動産。2階はSd’sリサーチ。3階から上は事務所が入っているのか賃貸アパートなのか分からないけど。5階建てのビルだった。
Sd’sっていう会社の持ちビルなのかも。知らない会社だけどね。
5階から目線を下の階に移している時、2階のリサーチ会社のブラインドの隙間からこちらを見下ろしている人と目が合ったような気がした。
気がしただけで私から中の人の顔なんて見えないから、そこから目線を外し、私は誰も待っていない家へと戻った。