ーー『おっはよ、ユイ!』と舞。
『あ、おはよう』と振り向くユイの疲れた顔に驚く舞。
『ど、どうしたの?目の下クマすごいけど』
『昨日全然寝れなかったんだよ』とブツブツ文句を言うユイ。
『なんか舞、朝から元気じゃん』
『そう?いい事あったからかなー』
えっ、何?気になる!とユイが聞くと
『実はね、翔太君と今日デートなんだ!』と嬉しそうに話す
『え?ええ??翔太くんって誰!?』
『お祭りの時にいたじゃん!ユイの同僚の石田君だよ!』
『あ、石田の名前って翔太君っていうんだね!ってかいつの間に!?』
『お祭りの帰りに連絡先聞かれてさ、あれからずーっと連絡とってたんだー。で、昨日ご飯に誘われて』
『その積極性分けてあげてほしいよ』と嘆くユイ。
『ユイも待ってるだけじゃだめだよ!自分からドンドン自分を売り込んでいかないと!』
『はい』とユイは肩を落とした。


今日もいつものように学校が終わってからそのままバイト先へ向かった。
今日は早めについてしまった。
昨日色々あったしなによりも優に早く会いたかったからだった?
裏口から入ると沙耶がもう出勤していた。
ユイはお疲れ様と言おうとするが沙耶はそそくさと奥の方へ歩いて行ってしまう。

そういえば最近沙耶がそっけない。
何かあったのだろうかと考えるユイ。
奥の方から食材の入ったダンボールを運ぶ優一郎がきた。
『おっユイ!おつかれ』と爽やかに挨拶をするがユイの内心はお疲れじゃねーよ!お陰で昨日一睡も出来なかったよ!という気分だった。
『昨日話したい事あったみたいだけど?』と切り出すユイ。
散々くる前に同級生に積極的にね。と言われたから自分なりに頑張ってみた。
『昨日のね!今日仕事終わったら少し話そう』と少し周りを気にしながら優一郎小声で言った。
『えー、早く帰らないといけないんだけど……しょうがないなぁ』とあたかもほんの少ししょうがないようにユイは答えた。これも同級生からの受け売りだった。
良い女性はそのままホイホイ了承してはいけない。私はどうでもいいけどあなたが言うなら…的な余裕が男性の狩猟本能を掻き立てるだとかなんとか。
『よしっ、じゃあ今日も仕事頑張ろう』ダンボールを運びながらキッチンへ戻っていく優一郎。
その後ろ姿を見て頑張ろう!とガッツポーズをするユイ。

仕事終わり間近になると沙耶の姿が見当たらなくなった。
しばらくすると一条が優に
『沙耶ちゃんの調子が悪いから駅まで送って行ってくれないか?』と話してるのが聞こえた。
ラストオーダーの時間が終わる頃になると窓から優と沙耶が駅の方へ歩いていくのが見えた。

『沙耶大丈夫かな……』

最近ずっと元気がなかったし、それは体調が悪いのが原因だったんだろうな。

ユイは仕事を終えると帰る準備をして店の外へ出るが
家に帰ろうかまだ優がいるかも知れない駅の方へ向かおうか少し悩んだ。

このまま家に帰っても昨日みたいに眠れない夜を過ごしてしまいそうだったし、何より優と話したい。

決めた。

駅に向かおう。そう決心して駅に向かい始めた。

駅に着くと丁度電車が駅に到着していた。
その駅は外からもホームが見える作りになっていてホームの最寄駅の看板やベンチも見えた。

その時電車に乗り込む沙耶の姿が見えた。
ホームで手を振る優の姿も。
電車の出発のブザーが鳴り響きドアが閉まる瞬間に沙耶は電車を降りて優に抱きついた。

それを見た瞬間時間が止まった様な感覚だった。
びっくりした。そんな単純な感覚ではなくって何が起きたのかわからないような。

その時遠くの方で少し顔を上げた沙耶と目が合った。

ハッとする沙耶の異変に気付き、振り向く優一郎。

どうしていいのか分からず走り出すユイ。
一体何があったのか。頭の中は真っ白で。
けれど無意識に涙は溢れ出す。
拭っても拭っても止まらない涙。
そのうち涙で前が見えなくなって、何かにつまずいてうつ伏せに倒れた。
その衝撃で優に買ってもらった天然石のブレスレットの紐が切れその辺に石が散らばった。
ハッとして足が痛いことも忘れて散乱した石を一つ一つ拾うユイ。
遠くの石を拾おうと手を伸ばしたその時。
石を拾う腕が急に視界に入ってきた。

『大丈夫?』

その落ち着いた優しい声にユイは顔を上げる前に誰なのか気付いた。
何も聞かずに散乱した残りの石を拾い集める一条。
自分が惨めでカッコ悪くて涙が止まらない。
そんなユイの頭をポンポンと叩いて一条は何も聞かずにただ私に寄り添ってくれた。

少し落ち着きを取り戻し始めると一条はユイを家まで送ってあげると言って車をとりに行った。

ここ店の前だったのか。夢中で走ってたから気づかなかった。

ーーすごくいい香りのする車内。少しタバコの香りもした。

『何にも聞かないんですね』

『人には聞かれたくない事だってあるよ。無理に言わなくっていいよ』
と言いながら一条は切れた紐に天然石を入れて器用に紐を縛ってくれた。そして、出来たと言いながら手渡してくれた。

『私の勘違いだったみたいです』

『勘違いは誰にでもあるさ。今日も熟睡できなそう?』
なんでそれを知ってるの?と少し驚き一条の顔を見た。
『そりゃ毎日見てればわかるよ。今日疲れた顔してたからさ』と笑う一条。
『よければドライブ行こうか?俺も嫌なことがあったらよく行くんだドライブ』
はい。と少し微笑むユイ。

家には帰りたくなかった。
一人になってしまったらきっと現実に引き戻されてどうにかなってしまいそうだったから。
涙が止まらなくなってしまいそうだったから。

それからも一条は何かを探ろうとしたりせずに、特別気を使って話したりもせずに車を走らせた。
けれどその沈黙は居心地が悪い物では決して無く
むしろ今のユイには心地よかった。
静かな車のエンジンの音。
そしてオーディオから流れるどこかで聞いたことのある曲が聞き取れるか聞き取れないか位の小さい音量で流れている。
気付いたらユイは助手席で泣き疲れて寝ていた。

ーー目を覚ますと辺りは明るくなっていた。

『ごめんなさい。私寝ちゃったみたいで……』
『うん、爆睡してたよ。相当疲れてたんだね』と一条は笑った。
『一晩中起きててくれたのに私だけ寝ちゃってほんとごめんなさい』
気にしないで気にしないでと一条は小さく手を振った。
そして、帰ろっか。と一条はユイのアパートの前まで送ってくれた。
『家まで送ってもらっちゃって……今日もお仕事ですよね。頑張ってください』
『お店の子を無事に家に送り届けるのも仕事だから。じゃあ、今日も学校頑張って』
ユイが車を降りて車が走り出そうとした時助手席側の窓が空いた。
『何があったのかは分からないけど、でも一つ言えるのは悲しいのは、辛いのはきっとユイちゃんにとってすごく大切な物だったからじゃないかな。自分の気持ちに嘘ついちゃダメだよ』

そうだ私、優のことが好きなんだ。

大切なのに……なのに全然辛くないよ。これ位平気だよってフリしちゃうから尚更辛いんだ。
そして、いつか沙耶と話した会話を思い出した。

『わたしの好きな人ユイも知っている人だよ』

優だったんだ。
沙耶が高校生の頃から思い続けてた人は優だったんだ。

一条と別れてから時間を確認するのにスマホを開いた。
優から何回も着信もメッセージもきていた。
けれどそのメッセージを見ることはできなかった。

私多分あの時優に嘘ついた。
天秤にかけられた二つの物を守ることなんてできない。
どっちも守るように見えてもそれは表面的なものであって、一番大切な物を守れなかったりするんだ。
それは優先順位はそう高くないと思ってしまったりするけれどきっと後悔が一番大きい選択。
でも自分が我慢すれば、我慢さえすれば2つのものは守れてしまうからきっと私も選ぶんだ。




ーー学校へ向かう途中、思いがけないところで舞に会った。
『あれ?おはよ舞。こんなところで会うと思わなかった』
『あー、今日ね彼氏のところ泊まってたからそのまま来たんだー』
『お熱いね』とからかうユイ。
『そんなユイはカレと最近どうなの?』

昨日の駅での光景が頭をよぎり一瞬真顔になるが、ハッと
我に返って何のこと?ととぼけた。
その後いつもの様になんてことのない会話をしなが、二人で学校へと向かった。

そしていつもより少し早めに学校へとつくと
学校の門の前には沙耶が立っていた。

『えっ?沙耶?』驚いた声を出す舞。

どうしたの?と舞は駆け寄った。
ユイは沙耶の目を見るとこができなかった。
二人の異様な空気に舞は首を傾げる。
『どうしたの?二人とも?』
真っ直ぐに沙耶はユイを見つめて口を開いた。

『私、優一郎くんに思い伝えた』

『そ、そうなんだ』と少しうつむきながらユイは答えた。
そういうことか……と舞も二人の状況にようやく気付いた。
『昨日は返事は聞きそびれちゃったからまだ聞けてないけど……』そう続ける沙耶。
『上手くいくといいね』とユイは今自分が出来る精一杯の笑顔で答えた。
『ありがとう。急に学校まで押し寄せちゃってごめんね。これだけ伝えたくって』
うぅんと笑って首を振るユイ。
じゃあまたお店でと言いながら沙耶は行ってしまった。
沙耶がいなくなってからユイは少しうつむいた。

『よかったの?これで』そっと近づく舞。
『良かったんだよこれで』とまたさっきのようにユイは笑ってみせた。
『ばか。』と舞はユイを抱きしめた。

精一杯笑ったつもりだったけれど舞にはお見通しみたいだ。
舞の胸の中で我慢していた涙がまた溢れた。
でもこんなの惨め過ぎるから、舞にバレないように声を出さずに泣いた。

これでよかったんだよ。私は大切な物を二つとも守る。




ーーいつもは授業が長いなぁって感じるのに、バイトに行きたくないなぁって思ってる時に限ってすごく時間の流れが早く感じる。
教室の窓から外を見るとザーっと音を立てて雨が降っていた。
朝バタバタしてて傘も持ってきてないや。
ほんと憂鬱。嫌なことって続くなぁ。

舞はすごく心配してくれてバイト先までついて来てくれた。
バイト帰りにも雨が降り続いてるかもしれないからって傘も貸してくれて。
ほんと舞には感謝しかない。

店の裏口から入ると入り口で一条と優一郎が仕事の話をしていた。
ユイはお疲れ様ですと言いながら頭を下げた。
優一郎の顔は見ることができなかった。
どんな顔していいかわかんなかったから。

その日は平日だったが予約がいっぱいでとても忙しかった。  地方の情報雑誌でうちの店が取り上げられたらしい。
そして、お客さんの割合も女性が多い感じだった。
多分店長効果? でも息つく暇もないくらい忙しいのは私にとってはむしろ好都合だった。
変なこと考えなくて済むし、優とも沙耶とも極力顔を合わせなくって済むから。
最後のお客さんが店を出るといつもより早めにユイは掃除を始めた。

キッチンの方から、舞の彼氏の石田君が最後のお客さんのグラスを片付けにきた。
『あ、忘れてた…ごめんね』
『ううん大丈夫。そういえば吉岡さん。俺、舞ちゃんと付き合ったんだ』
ユイは知ってるよとクスッと笑った。
『舞、とっても良い子だからさ大切にしてあげてね』
『もちろん。あとそういえばさ……』

来月。店長の誕生日らしい。
みんなでお祝いしないか?って事だった。
石田君には勢いで行くって言っちゃったけれど正直あんまり乗り気じゃない。
でも、石田君が舞も誘っていいかな?って言ってたから
私が行かないと変な感じになっちゃうよね。

それからいつものようにロッカーで着替えて、何の気無しにスマホを開いた。
優からメッセージがきていた。

優一郎 今日帰り少し話せる?

見る気はなかったけどついクセで勝手に開いちゃった。
一度開いてしまうと既読がついてしまうし仕方なく返信することにした。

ユイ 少しなら

優と近くの公園で待ち合わせをした。
店を出てそのまま公園に向かった。
夜の公園ってなんか少し不思議な感じがする。
昼間はあんなに騒がしいのに、嵐の後の静けさのような。
公園を入ってすぐ横にあるブランコに腰掛ける。
バックから飲みかけのミルクティーを取り出した。
バックを隣のブランコに置き、体を軽く揺らしながら待つ。

しばらくすると駆け足の足音がこちらに近づいてくる音が聞こえた。
少し息を切らしながら優は『おまたせ』といった。

優は私の後ろにいて顔は見えなかったけれど、その声ですぐ優だとわかった。

『昨日駅であった事なんだけどさ……』

『うん』ブランコを揺らし続けながら答えた。
『もしかしたら勘違いさせたかなと思ってさ……』
『沙耶ね?』
『ん?』
『沙耶がね? 優のこと好きなの私知ってた』
少し沈黙が流れた。そしてユイは続ける。

『あの日ね、あの後一条さんと予定入ってたから急いでたんだ私』

沈黙が続いた。

『そっか……』

『うん、あの日優が話あるって言っていたの沙耶とのことかな?って思ってたんだけど』

『違う…あれは急に小田桐が……』

また二人に沈黙が流れる。

『話ってなに?』
『…いや、やっぱなんでもない』

ユイがチラッと後ろを振り返るとそこには悲しそうな目をしている優一郎がいた。

『時間作ってくれてありがとう。じゃあ俺行くわ……』

たくさん嘘をついた。
でもどこかで聞いたんだ。
同じ嘘にも二通りあって一つは自分を守るための嘘。
もう一つは他人の為につく嘘。
言わなくても良いこと。
真実を隠した方がいい場合もあるということ。

去ってゆく優の後ろ姿を見て

待って。ほんとは違うんだよ?って言いたかった。
すごく辛かったんだよ?
置いていかないでよ。
もっと引き留めてよ。って

この選択にきっと私は後悔する。何年後もきっと。

優が去ってからもブランコから腰を上げることができなかった。
なんか変な感覚。本当に終わっちゃうのかなって。
今のは夢だったじゃないかなって思うような。
もう一度優がきてくれるんじゃないかなって。


『ユイちゃん?』

突然の声にビックリして振り返るユイ。

あっ、間違えてなくてよかった。とそこには仕事帰りの一条が車の窓を開けて顔を出していた。

『よければ送ってく?今日は眠すぎてドライブは行けそうにはないけどさ』

ブランコから腰を上げて一条に近づくユイ。

『一条さんに一つ謝らないと行けない事があって』

なに?と首を傾げる一条。
『事情があって……一条さんといい感じだから。って匂わせるようなこと言ってしまって……』
なんだ?そんなことかと、笑う一条。
『でもそれ嘘じゃなくなるかもしれないじゃん』
目をまん丸くするユイ。
でもからかわれてるに違いないと思った。
『そんな事言ってると勘違いされますよ?』
フフッと一条は笑って車を出た。
そして助手席の方までわざわざ回ってドアを開け
『どうぞ』と私を乗せてゆっくりドアを閉めた。

車に乗ってからも一条さんは私に何があったか聞いてくることもなく。静かな車のエンジンの音だけが響いた。

窓の外を眺めながらユイは呟いた。
『私間違ってたのかな……』
『間違えない人なんていないよ』
『でも私要領悪くって間違えてばっかりなんです』
『間違えてもいいんだよ。たくさん間違えてもやり直せないわけじゃない。何度も何度もやり直せばいいよ悔いが残らなくなるまで』




ーー『ユイ、雰囲気変わった感じがする』
『そ、そうかな……』
ジーッとユイを見つめる舞。
『なんか、大人っぽくなったというか。さては恋か!?』
『どうだろうね』
『ってか、今日の夜一条さんの誕生日パーティーだね。一条さんこの事しらないんでしょ??』
『うん、マコトさんには誰も言ってないよ』
『ん?マコトさん?』首を傾げる舞。
『あ、いや店長が』
『もしかしてユイ、一条さんと……』
このリア充め!とユイの両頬をつねる舞。
しかも、割と痛い。これ本気じゃないの?ってくらい
『イケメンシェフの次はイケメン店長さんかい…… 私もそこで働きたい。ほんっと』
『そんなんじゃないよ』
『ん?じゃあ、どういう関係??』
『仲が良い…恋人未満的な……』
それもそれで羨ましいわ!と舞はユイの両脇をこちょばした。

今日は店長の誕生日だ。

ちょうど店が定休日の日で本人には何も伝えてない。
オーナーにもみんなから店長の誕生日をサプライズでしたいってことを伝えて了承を得てる。
今晩は店でみんなで食材費を出し合って優たちがディナーを作ってくれるらしい。
私と舞は向かう前に店長の誕生日プレゼントを買いに行く予定だ。
前々からずっとみんなで話し合った結果、店長にシルバーのzippoのオイルライターをプレゼントしようって事になった。
あと、個人的に誕生日プレゼントも事前に買った。
前に情報誌の撮影の時によくスーツを着て行くらしくネクタイのレパートリーが少ないって話をしてたから、何個かネクタイを買った。これはみんなには内緒。

学校が終わって舞と誕生日プレゼントを選んでいる時も、舞は恋人未満ってどういう関係と割としつこつ聞いてきた。

休みの日に二人で買い物に行ったり、映画を見に行ったりドライブしたりそんな関係。
一度ご飯に行った時にお酒を飲む機会があってマコトさんの家に泊まった。
でも何もなかった。
そういう事は何もない。手を繋いだりキスだとかも。
逆に清々しいくらいだった。
私に魅力が足りないからかもしれないけど。

ただ一つ気になることがあって。
その泊まった次の日の朝、マコトさんに何か悲しい夢でも見てたの?って聞かれた。
私自身は何の夢を見たのかも覚えていないし
なんか寝言とか言ったりしていなかったかなって気になってた。

プレゼントを選び終え、店に着くと沙耶も石田君もそしてまさかのオーナーの香織さんもいた。そしてキッチンの奥の方で料理を作る優。
『プレゼント買えたー?』と私と舞に沙耶が近づいてきた。
『うん、良いのあったよ。今日の会費いくらだっけ??』
『あ、今日の食材費とかなんだけどね。香織さんが全部出してくれるみたい!』
『そ、そうなんだ』
私と舞は香織さんに近づいてありがとうございます。とお礼を言った。
『いいのいいの!私の幼馴染の誕生日してくれるんだから』
ユイと舞は顔を合わせて驚く。
『オーナーと店長さんって幼馴染なんですか??』
『うん、小学生くらいの時から一緒だよ。腐れ縁だけどね。でもマコト、昔から器用だったからね。私がお店経営しようと思った時に私から声かけたんだー。店長やってよ!って』

そうだったんだ。そしてオーナーって綺麗だけど話してみると男勝りというか…店長よりも男らしい感じがする。

『優一郎も海外に行くからそれも兼ねて今日は楽しもうね!』

えっ……

時が止まった感じがした。

『優……海外に行く事になったんですか?』青ざめるユイ。

『もしかしてあいつ、みんなにまだ言ってないの?』

初耳だった。すごく自分勝手かもしれないけれど教えてほしかった。
もう会えなくなるかもしれないから心の準備がしたかった。

こらー!優一郎!とキッチンの方へオーナーは入っていった。

『ユイ、大丈夫?』

『何が?』

舞からハンカチを手渡された。
その時涙が流れている事に自分では全く気づかなかった。

『ごめん、私トイレ行ってくる』

私は何がしたいんだろう。

一体何がしたいんだろう。

バイト中も優と二人になる事は極力避けたり、見ないようにしたり
そして遠くへ行ってしまうとわかったら寂しくなって

矛盾してるんだ。している事と自分の気持ちが。

もう嫌だよ。

トイレの外から声が聞こえた。舞の声だ。

『無理しなくっていいから。沢山泣いていいんだよ』

……ありがとう。 私、舞の前では泣いてばっかりだ。

どんなに強がっても。
どれだけ嘘の言葉でメイクで自分を塗り固めても
私は私のままだ。私なんだ。
多分昔から中身なんてほとんど変わってない。
泣き虫の私のまま。

でも、優が遠くに行っちゃうその日まで。
もう少しだけ。もう少しだけ嘘で自分を塗り固めよう。
きっと。きっとずっと会えなくなれば忘れられるから。
バックの中からポーチを取り出して、涙で滲んだメイクを直した。

あと少し頑張ろう。

ユイがみんなのいるホールに戻るとホールは暗くなっていた。沙耶が小声でユイを呼ぶ。
『ユイ、何してるの? 優一郎君が店長呼びに行ったからもうそろそろ来ちゃうよ!早くクラッカー持ってスタンバイして!』
『あっ、うん!ごめんごめん!』

しばらくすると、優の声とマコトさんの声が聞こえてきた。
『優一郎が料理教えてほしい。なんて珍しいじゃん』
『コツとかあるのかなぁって』
ホールに近づいてくる足音が聞こえる。
ユイの隣で香織は笑いを堪えるのに必死のようだった。
ユイも釣られて笑ってしまいそうになる。

パチン。ホールの電気がつく。
『でも、実は今日誕生日なんだよなぁ…』

パーーーーんっっ!!突然のクラッカーに体をのけぞらせてビックリする一条。

『誕生日おめでとうー!!』

『あっ、えっ?えっ?』
状況が理解できない一条の挙動不審ぶりに手を叩きながら爆笑する香織。

『あー笑った。ふぅ……マコト、誕生日おめでとう!』
笑い涙を拭いながら香織は小さい花束を手渡す。

まだ状況が理解できずポカーンとする一条。

『俺、料理とってくる』と優がエプロンをつけながらキッチンの方へ向かっていった。

『ほら、店長座ってください!ほらみんなも座って座って! 私ドリンク用意してくるね!ユイも手伝って』と沙耶が手慣れた様子でグラスを配り始める。

みんなが席に座って少し経つと、どうぞ。と優が持ってきた料理は本当にどれも美味しそうで、プロが作ったみたいだった。まぁプロだけど……

みんながグラスを持ち乾杯をする前に
『ほらほら、主役の店長何か一言』と沙耶が言った。

『あ、うん。そうだな……今日は皆様私の為に……』

『堅いよ……』と横からチャチャを入れるユイ。
みんなが笑った。
『ごめんごめん。ちょっと固かったね。今日でとうとう30歳になっちゃったよ。 みんないつもいつもありがとう。すごく助けられてる事ばっかりで本当に感謝しきれないよ。 優一郎が作ってくれた料理が冷めちゃうから、みんなで食べちゃおう!じゃあ、乾杯!』

かんぱーい!みんなが一斉にグラスを合わせる。

楽しい時間を過ごした。

そして食事が始まってしばらく経った頃
『ユイちゃん、ほらググーっと!良い飲みっぷりだね』香織がユイの空いたグラスにワインをまた注ぐ。
『香織あんまり飲ませすぎるなよー』と一条が困った顔で注意する。

この頃くらいからだった。少し私の記憶がとんだのは……


『誰にも言わないで行くつもりだったのかよ!優!』

突然のユイの怒鳴り声に全員がシーンと静まり返った。
『ユイ?ちょっと大丈夫!?』ユイをなだめる舞。

『なんとか言えよ!』

なだめる舞を振り切り優一郎の目の前ににおうだちをするユイ。

何のこと?動揺する沙耶と石田達。
『言えなかった……辛くって……』
少しうつむきながら話す優一郎。

『自分だけ辛い顔するなよ!バカ!!』

『海外でもどこでもいっちゃえ!!』そう言いながらフラッと体勢を崩し倒れそうになるユイを受け止める舞と石田。

さっきまで賑やかだったのが嘘のように静まり返るホール。

『せっかくの一条さんの誕生日にすみません。俺、今週でここの店辞めます。そして来月から海外にあるオーナーの知り合いの店で勉強させてもらいます』

みんなが戸惑う中、一条が話し始めた。

『優一郎の事は責めたりしないでほしい。前々からこの話はあったんだけれど急に決まった事だったんだ。だからみんなには尚更言いづらかったりもあったんだと思う』

『優一郎すげぇよ。一人で海外行くなんてさ。絶対途中で諦めんなよ』石田が優一郎をまっすぐ見ていった。
『うん、ありがとう』

沙耶は少し離れた場所から優一郎を見つめていた。

『さぁさぁ、3年後まだこのメンバーで集まれたらいいね。優一郎君の新たな門出を祝って飲も飲も』と香織はキッチンからお酒を持ってきた。

『ユイ大丈夫…?』舞が椅子を何個か繋げてその上で寝るユイの前髪を撫でる。
そこに一条が近づいてきた。
『ユイちゃんかなり香織に飲まされてたからなぁ……』
少しため息をついた。そして

『優一郎?ユイちゃんのこと家まで送っていける?』
一条は振り向いてそう言った。

少し優一郎はその言葉に驚いて頷く。

『ユイ、ほら帰るぞ』
そう言いながらユイを背中に乗せる優一郎。




ーー夜風がとても気持ちいい。秋がすぐそこまで近づいていた。

『ユイ大丈夫か?』
『気持ち悪い……』優一郎の背中でユイは呟く。

『今日俺が海外に行くこと切り出してくれて良かった。多分俺言えなかったから』
『……』
返事をしないユイ。
『寝ちゃってるか……』
背中からは寝息が聞こえた。

『自分だけ辛い顔するなよ。って言葉すごく効いたよ』

『でもすごく辛い。何度も何度も考えて……やっぱ行くのやめようかなとも思った』

『ユイと会えなくなるの辛かったから……』

『でも、それじゃダメだなって思った。俺もっといい男になって帰ってくるから。そして絶対……』




ーー気付いたら私は自宅のリビングで寝ていた。

学校についてから昨日の事を聞いたけれど舞は言葉を濁しながら話した。

『ほんとに昨日のこと覚えてないの?』
『うん……途中から全く……』
『後悔しない?』
『うーん……やっぱり聞くのやめとく……こわいもんなんか』

『でも、帰りは一条さんが送ってくれてたよ』舞はそう言った。

昨日はマコトさんが送ってくれたのか。
あとで謝りのメールしておこう。

この時は舞なりの優しさだったんだよね。
忘れようとしてる私に言うことじゃないってついた嘘。
私の為についてくれた嘘だったんだ。
ありがとう。




ーー学校が終わりバイト先へ着くと店長が店の社員たちを集めた。
『知ってる人もいるかもしれないけど、優一郎は今週でここの店を辞めるんだ。そして海外でオーナーの知り合いが経営している店に行くことになります。シフトの関係で今日で最後の人もいるかもしれない。 優一郎?なにか一言良い?』

『はい』と優一郎は前へ出た。

私もシフトの関係で優と働けるのは今日で最後だった。
優が何か話してはいたけれど全然頭に入ってこなかった。

その日も予約がいっぱいで優と話せる時間なんて全然なかった。

最後に体に気をつけて頑張ってね。とだけ伝えることができた。




ーーその次の週バイト先に行くとやっぱり優はいなかった。

優がいなくなった店は灯りが消えたように寂しくなった。
そして優の代わりに石田君が優がしていた業務を任されていた。

いっつもキッチンの奥の方でスープの味見したりしてたんだけどな。

もうその姿を見ることもなくなるんだ。
そう思うと胸の奥がぎゅっと締め付けられた。




ーー『優一郎が海外行っちゃう日みんなで見送りに行かない?』石田君が提案した。
『そうだね。店もオープン前の時間だしみんなでいこう』
そう一条は言った。

私は……行けないよ。

きっと待ってしまうから。

それからも優とは会う事はなかった。連絡をとることもなくって。

でも、少しずつ。少しずつだけれど優がいない日常に慣れていく自分がいた。

これで良いんだよ。良かったんだよ。


そして優が海外へ行っちゃう日。
前の日に本当に見送りに行かなくて良いの?と一条からメールがきてた。
用事があるからごめんなさい。とだけ伝えた。

けれど優が旅立つ当日になると家にいても全然落ち着くことが出来なくって
いつもはあまり行かないオープン前の店の方に向かった。
何処にも行く気分にはなれなかったし、みんなは見送りで店の方には誰もいないだろうなって思ったから。

店の前に着くと窓から店のテーブルを拭く沙耶の姿が見えた。
沙耶もこちらに気付き手を止める。

ユイはいつものように裏口から店内へ入る。
『沙耶、見送りに行かなかったんだね……』

『うん、盛大に振られたから?好きな人がいるからって』

『そっか……』

『私ね、知ってた。優一郎くんがユイの事好きだって』

テーブルを拭きはじめ沙耶は続ける。

『だから、あの日仮病使って優一郎くんに駅に送ってもらって思い伝えた』

『そっか……』

手を止めて、ユイを見つめる沙耶。

『何平気そうな顔してるの?』

『私のこと怒りなよ。ふざけんなって。そこまでしてまで付き合いたかったのか?って。でも私はそれでもユイに取られるくらいならマシだなって思った』

『……』

何も言い返さなかった。何も言い返す気にもならなかったから。

『まだ好きなんでしょ?優一郎くんのこと』

『……』

『かっこつけるなよ! いつも私平気って顔して。大切なものも他人に譲って、周りにいい顔ばっかりして……好きなら追いかけなよ!』

『…好きに決まってるじゃん』小さく呟くユイ。

『好きだよ。辛いよ!』

『ユイの口からその言葉が聞けてよかった。まだ間に合うよ!優一郎くんにも自分の口で伝えなよ』

私行かないと…

『私行かないと…』

私は走った。

沢山の思い出の詰まった店を背にして。
あの日嘘ついてごめんね。
あの日本当のこと言えなくてごめんね。

大好き。大好きだよ。もう自分の気持ちに嘘つくのはやめた。

息が切れて立ち止まりそうになった。

でもこんな辛さ、今までの辛さに比べたら我慢できないほどじゃない。
立ち止まり少し底のある靴を脱いでそれを持ちまたユイは走り出す。

そして駅に着くと一条の車が止まっていた。

まだ、みんないる! 優もきっと!

駅の階段を全力で駆け上がる。

『ユイちゃん?』一条の声だった。

『優は!?』

『今改札出たところだけど、まだきっとホームにいるよ!』

『私、優に伝えないと。マコトさんごめんなさい私……』

『うん、わかってる。ほら急いで大切な人のところへ行って思い伝えておいで』

うん。とユイは頷き一条に背を向けて走り出す。

改札口に着くと大急ぎでバックから定期を取り出しホームへ向かった。
多分リップか何かが落ちたけれど気にしてはいられなかった。

改札を通りホームまでの間に花が飾られていた。

白いクロッカス……

これあの時の花だ…

電車が到着する音が聞こえる。
その音に気付きハッとして一本引き抜いてユイはまた走り出す。

ホームに着くとそこには電車から降りたばかりの人達で溢れていた。

『優……』

優は電車へ乗ってしまったみたいだ。

そのうち電車のドアが音を鳴らして閉まる。

諦めない。私絶対後悔するから。

それでも電車の外の窓から優の姿を探すユイ。
そして前の車両で立っている優一郎を見つける。

『優だ!!』

ドンドン!窓を叩くユイ!

その音でユイに気付く優一郎。

電車が走り出す中でユイは慌てながら白いクロッカスを優一郎に向けた。

優一郎も一条達からもらったであろう花束から白いクロッカスを引き抜き。ユイに向けた。

『私待ってる。ずっとずっと待ってるから!』

きっと私の声は聞こえなかっただろう。
けれど思いは通じ合ってる気がした。
そして最後、優が頷いたように見えた。




ーーそれから私は大学を卒業した。
そして香織さんの経営する花屋の社員として働くことになった。

『ユイさん?今日バイトの面接の子何時からでしたっけ?』店員の子が話す。
『たしか昼の2時だったような…』
時計を見てユイはもう過ぎてるじゃん…と少しふくれる。
『時間にルーズなのは良くないなぁ……』

そしていつものように手慣れた様子で仕事を終え、店の子達にお疲れ様ー。と挨拶しながら奥の更衣室へ向かうユイ。

ロッカーを開けると一枚の封筒が入っていた。

『何これ?』

その封筒を開けると

招待状と書いてあり、日付けが今日で時刻があと一時間後だった。

その時更衣室のドアが開く。

『沙耶と舞?』

『ほら、あと1時間しかないから急いで着替えるよ!』
着替えも持ってきたから。とキャリーケースを両手で持ち上げ舞は言った。

『なに急に……』と驚くユイ。

『優一郎くん今日帰ってきてるんだって。でね、今日店予約してたみたい』と舞。

『初耳だけど…いつのまに予約したの?』と笑うユイ。

『3年前だって』

『そんなん聞いてないよ』

嬉しくって涙が流れた。

『何歳になってもユイは泣き虫だなぁ。頑張ったねユイ』と髪を結いながら舞が笑った。

舞と沙耶は慣れた手つきでヘアセットをしながら準備してくれた。

『いいねー。ユイ綺麗だよ!ね?沙耶』

『うん。腹立つくらいキレイ。じゃあほら、いってらっしゃい』

ユイの後ろ姿を見送り沙耶は呟く。

『ほんとに3年間待っちゃうんだもんなぁ』

『ユイは信じて待つよ。何年でも。そういう子だから』と舞は言った。

タクシーで懐かしい店の前に着くとと入り口にはスーツ姿の優が立っていた。

『優……おかえりなさい』

優は3年前とちっとも変わっていなかった。

それがとってもとっても嬉しくて

『おまたせ!』と優一郎はユイに手を伸ばす。

『本当に待たせすぎだよ……』

そして二人で入り口のドアを開けると一条がこちらに気付き向かってきた。

『優一郎おかえり。ユイちゃんも久しぶりだね!こちらの席へどうぞ』

案内された席のテーブルには綺麗な白いクロッカスが咲いていた。

もしも大切なものが二つ天秤にかけられたとして。
どちらか選ばないといけない選択の時がきても
自分を犠牲にすればその大切なものを守れたとしても
自分には嘘をつかないように。
自分の気持ちだけには嘘だけはつかないように。

自分なりに精一杯の力で私は全部守りたい。