『サイズは、千代にぴったりなはずだ』

『これは……?』

『ただの指輪だよ。今は(・・)ね。……でももし、千代がプロポーズを受け入れてくれるなら、あっという間に ”婚約指輪” に早変わりする』

千代次第だよ。


思わずわたしは、ドキリと、そしてギクリとしてしまった。

彬くんのその真剣な目に、嘘はない……と、信じたい。
あのハット姿の男の人のことを、見ず知らずの親切な人だと言い切った彬くん。
でも本当にその通りなのだろうか。

だったら、あの男の人は、彬くんの落とし物を親切に届けてくれただけの、一期一会の赤の他人ということ?
そう言った彬くんの言葉を信じない理由はないし、彬くんが知らないふりをする理由もないはずだ。
でももし、わたしが、その見ず知らずの親切な人の手首にもほくろ(・・・)があったことを教えたら、彬くんはどんな反応を示すのだろう………


そんな疑問が過ったものの、それは瞬きするような瞬間的なものだった。
だって、確かにあの男の人はわたしの心をもやもやと騒がせたけれど、今のわたしにとって最重要なのはそんなことではない。
今のわたしが一番重要視すべきなのは、彬くんにプロポーズを受けてる真っ最中だということなのだから。

”ギクリ” より、”ドキリ” の方が大きかったのだから。


わたしは、まっすぐに伸びる彬くんの眼差しに、真摯に受けて立った。
すると彬くんは、テーブルの上で軽く握っていたわたしの手に、そっと自分の手のひらを重ねてきた。


『千代……』


その呼び方は、いつもよりさらに甘やかだ。
彬くんの大きな手は、わたしの指を容易く絡めとって包んでしまう。
そしてその親指の腹は、わたしの手のひらを愛しげに撫でた。



『千代のことを一人にしないって約束は、必ず守るよ。ひとりぼっちになんかさせない。だから……結婚、してください。………結婚しよう』



その一言は、いとも簡単に、わたしの世界を彬くん一色にさせてしまう。


あの指輪のオーダーシートも、今日の彬くんの落ち着かない態度や動揺した顔も、あのハットを被った男の人も、もうその全部が全部、些細なことに思えてしまったのだから。


予感していたプロポーズは、そこまでの驚きはないはずなのに、
予感していた以上の感動が、わたしの胸をいっぱいに満たしていったのだった。