「こんばんは。いらっしゃい、岸里さん」


前崎 千代さんは、今日も穏やかなホットミルクのような笑顔で、私を出迎えてくれた。


「こんばんは。お待たせしてしまいましたか?」

「全然よ。それに、どうせわたしはいつも消灯時間まで退屈で仕方なかったんだから、岸里さんとの約束があるだけでも、わくわくして待てちゃうのよ。だから、ありがとう」


思いやりのこもった返事に、私の方こそささやかな感動を覚えてしまう。
まだ短い時間の知り合いでしかないけれど、この前崎 千代という女性は、実に柔らかな心の持ち主だということが分かる。
それは、もともとの気質なのかもしれないし、余命という残酷な遠因が導いた結果なのかもしれない。
もし後者だったとしたら、それは、切ないな………
そんなことを思いながら、私は壁際にあった簡易椅子を前崎さんの元に引き寄せた。


「横にならなくて大丈夫ですか?」

一応、看護師らしい声かけも忘れずに。
けれど前崎さんは「平気平気!」と両手に拳をつくってポーズをとってみせたのだ。

……本当に、余命宣告を受けてる患者さんなのだろうか。
今までに何度も浮かんでいる疑惑に、私は内心で苦笑するしかなかった。