けれど前崎さんはれっきとした患者さん、つまりは病人なわけで、食事に関してもしっかりした管理下に置かれるべき人なのである。

私は、前崎さんのご主人の話が気になってしょうがなかったが、今日のところは、ひとまず、ロマンチックなのろけ話は小休止となることに異論はなかった。


「とても楽しかったですよ。続きが早く聞きたいくらいです」

もうすっかり暗くなってしまった窓辺から食事用のテーブルを移動させつつ、私はさりげなくアピールしてみせた。
話の続きを聞かせてほしいと。
前崎さんにもその意図は伝わったみたいだった。


「それじゃ、岸里さんの都合のいい時で構わないから、ここにいらして?」

嬉しそうに、この部屋へのパスポートをくれたのである。

「いいんですか?それなら、早速明日来ちゃいますよ?」

冗談口調に本気を織り込んで告げると、前崎さんからは「喜んでお迎えするわ」と、大らかな了承が返ってきたのだった。



結局、翌日は外での研修会があったので、それが終わってから夜の面会時間に訪問する約束を交わし、私は前崎さんの部屋を退出した。


病院を出る頃には、早く明日の夜にならないかなと願うほどに、私は、前崎さんの思い出話の行方が気になって気になって仕方なかった………