その晩、彬くんは、未明になってからこっそりと帰ってきたようだった。
真夜中、キ――ッという扉の開閉音で目が覚めたわたしは、リビングに向かって廊下をまっすぐに進んでくる気配を追った。
わたしが泊まる際にいつも使わせてもらう和室はリビングと襖一枚しか隔ててない位置なので、彬くんがリビングのソファにどさりと倒れ込む瞬間すらつぶさに感じ取れた。
けれどその後、何かが動く音は一つも聞こえてこず、心配になったわたしはなるべく静かに布団を抜け出て襖を開いてみた。
するとリビングは真っ暗なままで、三人掛けのソファからは彬くんの足が無造作に放り出されていた。
そっと近寄ろうとしたが、それよりも早く、彬くんがのっそりと体を起き上がらせた。
『千代……?ごめん、起こした?』
その声は、とても疲れているように聞こえた。
いや、それよりももっと酷く、疲弊しきっているようにも感じられて、わたしは、彬くんがあの男の人を見つけられなかったこと、見つけるために走り回ってくれたのだろうと理解した。
『おかえりなさい。お疲れさま。わたしのために、ありがとう』
結果を聞くまでもない。わたしはリビングの明かりを点け、労いの言葉だけを伝えながら、ソファの背もたれに置かれた彬くんの手に触れた。
ちょっとだけ骨ばったところのある、わたしの好きな手だ。
だがその手が、ピクリとかすかに振動した。
『………わたしのため?』