前崎くんの叔父さんは帰宅途中だったので、特に急ぐ必要もなく、足取りはのんびりしたものだった。
けれど、小学校の裏門から12、3メートルほど行ったところで、ガシャンッ!という大きな音が背後から聞こえてきたそうだ。
反射的に振り向くと、中学生くらいの少年が、裏門を開けて入っていくところだった。
その子は慣れた様子で裏門を潜っていって、だからおそらく、母校訪問か何かなのだろう…と、前崎くんの叔父さんは思ったのだという。
それが、前崎くんの叔父さんの記憶に残っていたあの日の全てだった。



叔父さんが見かけたという中学生とおぼしき少年が、わたしの命の恩人である可能性は、まったくゼロではない。
けれど、わたしが覚えているあの人は、とても中学生には、見えなかった。
何度も何度も当時のことを思い浮かべてみても、やはり、わたしを抱き止めてくれた腕の力強さも、家まで送ってくれて母に説明する口調も、中学生という印象は微塵も感じない。
なので、わたしの中では、探し人とこの中学生は別人と結論づけたのだった。


けれど、このことは、わたしと前崎くんとの関係には、大きな影響を残していったのだった。



『なんか、変に期待させて、悪かった』

もう何度目になるのか分からない謝罪を口にする前崎くんを、わたしは、とても優しい人だと再認識した。

そして前崎くんは、大した手がかりをもたらさなかったにも関わらず、何度も『ありがとう』と笑っていたわたしに好意を持ったのだという。


そういうこともあって、その年の夏が終わる頃には、わたし達は恋人になっていたのだった。