もちろん、十年という年月の中で、毎日あの男の人のことを思い返していたわけではない。
顔さえハッキリ覚えていない幼少時の記憶なのだから、その鮮度はゼロに等しい。

でも今日、前崎くんの手首にあるほくろを見かけて、急にその存在感が膨らんでしまったのだ。
だからといって、前崎くんが男の人に続く手がかりを持っているはずはないのに。
ちょっと考えたら分かることなのにな……
そんな小さな反省を心にしまい、わたしは、『ごめんね、変なこと訊いて。気にしないで』と笑ってみせた。

ところが前崎くんは、『んー……』と、何かを思案するように腕を組んで目を伏せていたのだ。
そしてそんなに間を置かずに、ぱちっと瞼を上げた。


『十年前なら、確か、長堀の家の近くに俺の叔父が住んでたな。と言っても、叔父はしょっちゅう世界中を飛び回ってて俺も実際に会ったことは一度しかないんだけど。でも電話ならできるし、もしかしたら何か心当たりがあるかもしれない。ちなみにこの叔父の手首にはほくろはないけど』

最後に冗談ぽく付け加えた前崎くん。


『前崎くんの叔父さん……?』

『もしよかったら、それとなく訊いてみようか?』

『いいの?』

『だって長堀、今でもその人を探してるんだろ?』

『いや、探してるっていうか……』


探したくても探す手立てがなかったというのが正しいのだけど。
曖昧に濁すわたしに対し、前崎くんは腕組みを解いて机に頬杖をついた。

『でも、何か手がかりがあればいいと思って、同じところにほくろがある俺に話してくれたんだろ?』

『まあ、そうなんだけどね』

『だったら、とりあえず、俺にできることはしてやるよ。十年も前のことだから、あんまり期待はできないだろうけど』

『前崎くん………ありがとう』

『よし、じゃあさっそく、そのときのことを詳しく教えてくれる?夏休みって言ってたけど、正確な日時は?』

『えっと、確か、八月の…………』



そのあと、わたしは前崎くんに覚えてる限りのことを事細かく説明したのだった。
大きな期待はせずとも、ほんの少し手がかりが得られたら………そんな淡い望みに、心をくすぐられながら。


そしてこのことがきっかけで、前崎くんとの距離が一気に縮まったのだった。


わたし達が高校一年生の、夏のはじまりのことである。