『ええと……ごめん、そういうわけじゃないんだけど……』

別に謝ることもないけれど、期待に満ちてわたしの返事を待つ前崎くんには申し訳ない気持ちにもなってくる。
すると前崎くんの方こそ申し訳なさそうに『そっか…。なんか、ごめん』と急激に表情をしぼませた。


『その映画、日本じゃ公開期間が短くてグッズも全然出なかったから、つい……』

『ううん、気にしないで。あ、もしあれなら、このシャーペン、いる?わたしは別にこの映画のファンでもないし。もしよかったら』

わたしの取って付けたような提案にも、前崎くんはまたもや花火が弾けたような明るい声で『いいの?!』と返してきたのだ。
その様子が、それまで前崎くんに感じていた ”寡黙” というイメージとは大きくかけ離れていて、わたしはぽかんとしてしまった。


『……長堀?』

『あ、ごめん。もちろん、どうぞ?』

未練の欠片もないシャーペンを前崎くんに手渡すと、彼は、まるで砂漠の砂の中から見つけた一粒のダイヤを受け取るかのような、貴重な品を拝するような恭しい仕草でそれを握りしめた。


『ありがとう!大事に使うよ』

そう言った前崎くんに、わたしだけでなく、教室にいた他のクラスメイト達も釘づけになっていた。
だって、それまで前崎くんを取り巻いていたのは ”物静か””寡黙””無口” という評判だったのだから。

けれど、これがきっかけとなって、少しずつ会話量を増やしていくと、そんな言葉達はあっという間に消え去っていったのだ。
前崎くんは人見知りな一面があるだけで、決して孤独を好む人ではなかった。
打ち解けた人とならおしゃべりもするし、冗談だって言い合う。大声で笑うことだってある、楽しい人だった。