あの日、小猫と出会ったから

 昼食の後も、シェリフはジャングルジムに登っていた。てっぺんに腰掛けて、足をぷらぷらさせながら空を見上げている。俺もてっぺんまで登って、隣に腰掛けた。アークさんは相変わらず新聞越しの監視を続けている。午前中からまだ二枚しかめくられていない新聞に、アークさんの生真面目さが表れている。もっとさりげない演技は出来ないのだろうか、なんて老婆心ながら思った。
「空、綺麗だね」
「ああ」
 シェリフは青空へと両手を伸べた。
「雲に手が届きそう」
「そうだな」
 高い所に居ると、空が近くなったような感覚に陥る。手を伸ばせば雲を掴めそうな、叶わない願いにさえ届いてしまいそうな、そんな錯覚。
「ジェイミー、考え事?」
 シェリフが俺の顔を見上げて尋ねた。
「ああ……まあな」
「今朝も何か変だったよね。何考えてたの?」
 本当に、勘の良い奴だ。下手な嘘発見器より鋭い。
『もう、全部、嫌だ』
 迷ったけれど、話す事にした。この先、あんな風に苦しみ続けて欲しくない。小猫には笑っていて欲しい。もうじきシェリフとお別れなのだし、そうなると二度と会えない。今を逃せば一生伝えられない。
「シェリフ」
「なに?」
「昨日の話だけど」
 小猫はふっと俯いた。その話題に触れるだろう、と何となく気づいていた風でもあった。
「シェリフの事を出来損ないだって言う“みんな”の中には、親と兄貴も入ってるのか?」
 一瞬の間の後、シェリフは首を横に振った。ほっとして、俺は言葉を継ぐ。
「どうしたらいいか分からないって言ってたよな。今お前がすべきなのは、親と兄貴に自分の思ってることを話す事だと思う」
 シェリフは黙っている。両手が膝の上できゅっと握られる。
「昨日、兄貴の前で笑ってるお前を見て、何と無く違和感を感じた。本当は、頑張って作り笑いして、辛い事隠してるだけなんだろうなって」
 海色の瞳がみるみる潤み、手の甲に涙がはたはたと落ちた。無言の肯定だ。
「一度でいい、親と兄貴に本音を伝えてみろ。カッコ悪くても、上手く話せなくてもいい。ぼろ泣きしたっていい。俺に話してくれたように、親に話してみろ」
「出来ないよ!」
 シェリフは俺に向き直って声を上げた。核心を突く答えは、すぐそこまで来ている。俺は静かに問い返す。
「どうしてだ?」
「だって……」
 涙を零す不安そうな眼。自信なさ気な小さい肩。それが小猫の、俺の問いに対する答えだ。
 やっぱり、そうか。思った通りだ。シェリフは話さないんじゃない。話せないんだ。その理由は、多分。