あの日、小猫と出会ったから

「あの人、マフィアか何かか」
 イルジアさんの事だ。スーツをかっちり着込んだ厳つい顔に、乗り付けた車も車だから、そう疑うのも無理は無い。マフィアが何たるものか、俺もよく知らないけど。
「いや、どっちかって言うと、マフィアを取り締まる方の人」
「なら良いが」
 大将は不安そうな表情のまま、ホットドックを十数個作ってくれた。フライドポテト一カゴと、俺の注文でホットサンドも。
『視察の時に見かけた、これこれこういう物が食べたい。売っている場所を知っていたら、調達してきてほしい』
 それが罪滅ぼしその二の、ナイジェルからの要求だった。
『それって、ホットドックだろ?』
『名前は知らない。ただ、すごく珍しくて興味深い食べ物だった。シェリフ探しのために夕食をキャンセルした今日がチャンスだ。どうしても食べてみたいが、ルームサービスのメニューには無かった』
 ま、無いだろうな、こんな高級ホテルじゃ。
『そんな珍しいものじゃないだろ。屋台に行けば大抵売ってる』
『レシュノルティアでは売っていない』
 いや、売ってるような屋台に行けないだけだろ。そう言いかけて俺は気が付いた。
 立場、責任、義務。そういうのに縛られて、ナイジェルは気軽に外出できないのだ。そうする事が周囲にどう影響するか、知っているから。恵まれているようで不自由。飄々としている陰で、どれだけの事を我慢し、諦めているのだろう。
『分かりました、殿下。調達してきます』
『それから、ケチャップを付けて食べる細長いフライと、色の付いた泡の出る飲み物』
 それって、いわゆるファーストフードじゃないのか。
『……お前、それどこで見たんだ』
『どこかの事務員が食べていた』
 つまり、どこぞの事務員がテイクアウトして食べていたファーストフードを、王子自ら食べてみたいらしい。身に纏っている偉い人オーラにそぐわない、若者らしい好奇心に思わず笑ってしまった。
 そんな訳で、超絶立派な車に乗せられ、イルジアさんに見張られつつ、俺は大将の店に来た。流石に、イルジアさんと例の屋台に行く訳にはいかなかったから。
 紙袋四つになった注文品を受け取り、イルジアさんが支払いを済ませた。
「本当に、危ないことはするなよ? お前みたいな良い子が悪に堕ちて行くなんて、見たくないからな」
 帰り際、心配そうな顔をして大将は言ってくれた。イルジアさんのマフィア疑惑は晴れていないらしい。
「うん、ありがと大将」
 笑みを作り、手を振って店を出る。
『お前みたいな良い子が堕ちて行くなんて……』
 俺は複雑な思いで左目を押さえた。
 この布を取っても、大将はそう言ってくれるだろうか。既に『堕ちて』いると知っても、同じ眼を向けてくれるのだろうか。