「ただいま」
過去にはドアが有っただろう入口をくぐり、俺は部屋の奥に向かって声をかけた。蜘蛛の巣だらけの煤けた窓ガラスの向こうは、紫紺に染まっている。
「ただいま、アイ。晩飯だぞ」
タタン、と軽い足音がして相棒が姿を現した。どうやら押し入れで寝ていたらしい。念入りな屈伸運動をしながら欠伸を一つ。白くて柔らかい毛並を俺の脚に擦りつけて、甘えた声で鳴く。
「ちょっと待ってろよ」
そう言うと、アイは皿代わりの新聞紙の前にちょこんと座った。野良猫のくせに何気に行儀が良い。瞬きせずにこちらを見つめる瞳は、片方ずつ色が違う。
俺は眼帯を外し、ロウソクを灯し、小さな硝子皿にミルクを入れてやった。アイが美味そうになめてる間に、焦げフライの皮をはがして魚の身だけ取り分ける。ほろ苦くも香ばしくもある焦げ皮は自分の口に放り込む。
「今日は魚だぞ、アイ。大将に感謝しろよ」
にゃあ、とアイは律儀に返事をした。猫語で『分かった』って言ってんのか、『知るか』って言ってんのか、人間の俺には分からない。
アイと同居して三年になる。俺と同じ野良育ち。出会った時は手の平サイズだったのが、今では立派な雄猫だ。真っ白で柔らかい毛並、長い手足と長い尻尾、そして青と金のオッドアイ。
目に特徴があるからアイ。単純な名付けだけど、呼びやすいし、こいつに似合う音だし、結構気に入ってる。
「美味いか?」
脇目もふらず、無心に魚をがっついてるアイの背中を撫でる。温かくて、気持ちいい。
ふと、窓を見た。ロウソクの明かりを反射した硝子に、俺が映る。アイと同じく、片方ずつ色が違う瞳。
灰色の左目と、翠の右目。色素が薄い左目は、年々視力が落ちている。そのうち見えなくなるかもって昔お節介なおっさんが言ってたけど、今んとこ見えてる。元は同じ色をしてた。ガキの頃、事故で左目をやっちまってこうなったらしい。その辺の事はあまり覚えてない。
何色だろうと俺は俺だ、って思うけど、世の中見た目は大事らしい。
左目の色が変わっていくうち、化物の目だって怖がられるようになった。虐められはしなかったけど、あからさまに避けられた。異端扱いされるのが嫌で、世話になってた養護院を飛び出した。以後、人前では髪と同じ色の布で眼帯をして、片目が無いんだと説明する。だから、大将をはじめ俺を知る人は、俺を隻眼だと思っている。
過去にはドアが有っただろう入口をくぐり、俺は部屋の奥に向かって声をかけた。蜘蛛の巣だらけの煤けた窓ガラスの向こうは、紫紺に染まっている。
「ただいま、アイ。晩飯だぞ」
タタン、と軽い足音がして相棒が姿を現した。どうやら押し入れで寝ていたらしい。念入りな屈伸運動をしながら欠伸を一つ。白くて柔らかい毛並を俺の脚に擦りつけて、甘えた声で鳴く。
「ちょっと待ってろよ」
そう言うと、アイは皿代わりの新聞紙の前にちょこんと座った。野良猫のくせに何気に行儀が良い。瞬きせずにこちらを見つめる瞳は、片方ずつ色が違う。
俺は眼帯を外し、ロウソクを灯し、小さな硝子皿にミルクを入れてやった。アイが美味そうになめてる間に、焦げフライの皮をはがして魚の身だけ取り分ける。ほろ苦くも香ばしくもある焦げ皮は自分の口に放り込む。
「今日は魚だぞ、アイ。大将に感謝しろよ」
にゃあ、とアイは律儀に返事をした。猫語で『分かった』って言ってんのか、『知るか』って言ってんのか、人間の俺には分からない。
アイと同居して三年になる。俺と同じ野良育ち。出会った時は手の平サイズだったのが、今では立派な雄猫だ。真っ白で柔らかい毛並、長い手足と長い尻尾、そして青と金のオッドアイ。
目に特徴があるからアイ。単純な名付けだけど、呼びやすいし、こいつに似合う音だし、結構気に入ってる。
「美味いか?」
脇目もふらず、無心に魚をがっついてるアイの背中を撫でる。温かくて、気持ちいい。
ふと、窓を見た。ロウソクの明かりを反射した硝子に、俺が映る。アイと同じく、片方ずつ色が違う瞳。
灰色の左目と、翠の右目。色素が薄い左目は、年々視力が落ちている。そのうち見えなくなるかもって昔お節介なおっさんが言ってたけど、今んとこ見えてる。元は同じ色をしてた。ガキの頃、事故で左目をやっちまってこうなったらしい。その辺の事はあまり覚えてない。
何色だろうと俺は俺だ、って思うけど、世の中見た目は大事らしい。
左目の色が変わっていくうち、化物の目だって怖がられるようになった。虐められはしなかったけど、あからさまに避けられた。異端扱いされるのが嫌で、世話になってた養護院を飛び出した。以後、人前では髪と同じ色の布で眼帯をして、片目が無いんだと説明する。だから、大将をはじめ俺を知る人は、俺を隻眼だと思っている。



