あの日、小猫と出会ったから

 ふいに、チクリと感じた罪悪感。それは、さっきの言葉がリフの事を考えたものでは無く、衝動的な反論だったことに気付いたから。
 俺は、羨ましかったんだ。両親が居て、兄貴と喧嘩出来る事が。リフの悩みは、どんなに望んでも俺には手に出来ない悩みだから。
「……悪い」
 俺はリフの頭を撫でて謝った。
「ごめんな。お前の事全部知ってるわけじゃないのに、ずけずけ言って」
「いいの……気にしないで」
 掠れ声でリフが言う。顔を上げないまま。
 気づけば、オレンジ色をしていた空の色が紫紺に変わっていた。陽が落ちたら、暗くなるのは早い。
「リフ、いい加減早く帰らないと、真っ暗になるぞ」
「だから、今日はここに泊まっていくの」
「おい」
 稼ぎとか、もうどうでもいい。こいつの兄貴が心配して探してるんじゃないかと気になった。それともリフの言うとおり、居なくなって清々しているのだろうか……。
 そうだとしても、このままではいけない。俺はリフの肩に手を乗せて向き合った。
「あのな、リフ」
「お願い」
 皆まで言わせず、リフは俺の袖をきゅっと掴んでこちらを見上げた。
 縋るような目。何かに怯えている眼。震えている小さな手。どうも、ただのわがままではなさそうだ。兄貴と喧嘩している以外に、何か訳がありそうな。
 一体、この小猫は何を抱えている?
「僕……」
 続く言葉を飲み込み、リフは傍らに居るアイに尋ねる。
「ね、いいよね、アイ。僕、ここに泊まっていいよね」
 タイミング良くアイが鳴く。
「ほら、アイも良いって言ってる」
「だから勝手に……」
 助けを求めるような海色の瞳が、じっと俺を見つめる。
 ああ、何だか頭が痛くなってきた。昼寝なんかしなきゃよかった。俺は深くため息をついた。
 ここまで暗くなってから、どこにあるかも分からないホテルを探すのは大変だ。しかもこんなお坊ちゃんを連れて夜の街を歩くのは色々危険かもしれない、俺にとって。職務質問なんざされた日には、速攻留置所行きだ。
 それに――
「お願い、ジェイミー……」
 何といっても、リフを突き放すのが怖かった。そんな事をしたら壊れてしまいそうなほど、奴の姿は脆く見えた。
 今、この手を離してはいけない。動物的な勘がそう囁いていた。もう一度深くため息をついて、俺は白旗を上げた。
「分かったよ。仕方ないから、今日は泊めてやる。汚いとこで悪いけど、我慢しろよ。それに、明日はちゃんと兄貴んとこ帰れよ」
「う、ん……」
 力無く頷いたリフの腹がくぅと鳴いた。