苺の灯り

「あははは!!」
 教室中に渚の笑い声が響き渡る。渚が騒いでいるのは日常茶飯なので、クラスメイト達は一瞬だけこちらを見たがすぐに興味を失って各々散っていく。
「笑いすぎだぞ」
「ごめんね。ごめんなんだけど」
 渚は竜に謝りながら精一杯笑いを抑えようとしているが治まらず、プルプルと震えている。
「久しぶりに会った女の子に言う最初の言葉が告白ってドラマチックだよね」
「やめて、もう言わないでよ」
 昨日、春希に会えたことを渚にも報告をすると、最初は「よかったね」と喜んでくれていたが、出会い頭に思わず告白をしてしまったと説明すると大笑いをし出した。渚からすればドラマチックだろうが、竜としてはただの失敗にしか思えないので、げんなりしている。
「渚もいたら笑いに変えてくれていたかもね」
 同じくげんなりして乾いた笑いしか出ない海里。計画的な彼は、普段は焦ることが少ない為、散々慌てふためいたことを思い出すだけでため息を出していた。
「いいなぁ。行きたかったなぁ。ねぇねぇ、可愛かった?」
「そうだね。渚の好みとちょっと違うかもしれないけど」
「何言っているの。女の子はみんな可愛いんだよ」
 「じゃあ聞くなよ」と頭を抱える海里。いまいち会話が成り立っていないことにイライラしている。
「楽しみだね、竜」
「何が?」
「春希ちゃん、学校に来るんでしょ?」
「春希は通信科だよ」
 通信科の登校日は基本的に土日になっている。日中の生徒とはほとんど接点がない。
「この前の追試の時、追試の教科がありすぎて時間かかっていたら、通信科から転科試験を受ける予定だった子が教室使えなくなったんだよね。それで先生に怒られていたんだけど、体調が回復してきたから転科希望の女子って言っていたから春希ちゃんのことかと思った」
 通信科の生徒が転科するとなると、普通科か特進科だろう。春希は回復して一週間ほどだと言っていたが、すぐに日中の生活が出来るのだろうか。渚の話の女子が春希にだとしたら、楽しみではあるが心配でもある。



 それから三日後、通信科から転科してきた女子が普通科の竜達のクラスにやってきた。
「斉藤春希です。よろしくお願いします」
 ほとんど袖を通していなかったのであろう制服は、シミもなく色あせもなく、きれいにアイロンがけされていてまるで新品のように見える。少し大きめのサイズでまだ制服に着られていて新入生のようだ。
 朝礼が終わると、渚がいち早く挨拶をしに春希の席に行った。
「おはよう、君が竜の彼女?」
「彼女‥‥」
 クラスメイトの視線が一斉に竜と春希に注がれる。竜は視線の圧に驚いて、ビクッと体を震わせた。春希は困惑して首をかしげながらも、なんとか笑っていた。
「渚、また余計なことしたな」
 海里が次の授業の教科書で渚を思い切り叩いた。
「違った?」
「初日に好奇の目に晒される春希ちゃんの身にもなれよ」
「そっか、ごめんね。春希ちゃん」
 海里に説教をされて、渚は潔く春希に頭を下げた。それを見たクラスメイトは、あまりジロジロ見てはいけないと、それぞれ視線を外していく。
 遅れをとったが、竜も春希に話しかけようと立ちあがると、教室のドアが勢いよく開けられ「春希、久しぶり!」と嬉しそうな愛子が現れた。
「愛子ちゃん!」
 春希もまた嬉しそうな顔をして愛子に駆け寄った。二人は手を握り、抱擁をして再会を喜んでいる。二人の間に入る隙間も勇気もなく、竜はそのまま席に座った。
 渚や海里、愛子が春希に親しげに接したおかげで、クラスメイトも春希に休み時間毎に代わる代わる話しかけに行く。愛想がいい春希は、誰に話しかけられても何を聞かれてもずっとニコニコしていた。放課後になる頃には、その笑顔も少しだけ引きつって見えたが、クラスメイトはそれに気づかずにまた話しかけようとしている。
「春希、一緒に帰ろう」
 竜が春希を誘うと、クラスメイト達はさすがに邪魔してはいけないと散らばっていった。朝の渚の発言のせいで、竜と春希が付き合っていると思い込んでいる生徒が何人かいる。
「でも、お家の方向、逆じゃないの?」
「逆だけど……」
 校門から向かって竜は北に、春希は南に自宅がある。春希は席に座ったまま不思議そうに竜を見上げた。竜はクラスメイトの対応に疲れた様子の春希に助け舟を出したつもりだったが、分かってもらえず少しだけショックを受けた。
「竜は春希ちゃんと一緒に帰りたいんだよ。しっかり送ってもらいなよ」
 海里が春希に説明をする。春希に分かってもらえたのはいいが、ものすごく恥ずかしい。クラスメイトが温かい目で見てくる。色々言いたいことがあったが全て飲み込み、春希を連れて急いで学校を出た。
 校門を出てしばらくして、後ろにいる春希からゼェゼェと荒い呼吸が聞こえてハッとして振り返った。
「あ、ごめん。速かった?」
 早足で出てきたせいで、春希の息が上がっている。速度を緩めて普通に歩いても、小柄な春希にとっては速い様で、まだ早歩きをしている。前よりは足元が安定しているが、それでもまだフラフラした足取りは残っていた。そんなに早く日常生活に慣れるわけない。ほぼ家から出ない生活だった人間が、いきなり朝早く起きて登校して六限目まで授業を受けていたのだから、おそらく疲労困憊だろう。それでも常に笑顔だったので、我慢する癖でもあるのだろうか。
「少し休んでいこう」
 学校から少し離れたところにある公園に入り、木陰のあるベンチを選んで春希を座らせた。公園内に自動販売機があったので、冷たい缶コーヒーを買って春希に手渡した。
「転科してきたから驚いたよ。体調は大丈夫?」
「うん。今のところ眠たくならないみたい」
「いきなり一日学校にいるのは大変だっただろ?」
「でも、早く学校に行きたかったから。みんなと同じ生活しないと体が慣れていかないと思って」
「そうか。しんどくなったら、すぐに言えよ」
 そういえば、今日初めて春希としっかり会話した気がする。春希は休み時間になる度にクラスメイトに囲まれていたので話すタイミングがなかった。改めて、こうして春希と直に話が出来ることにしみじみと感動する。六年ぶりのはずなのに、久しぶりという感覚がない。ずっと一緒にいた気がする。妄想だったのか幻覚だったのか分からないがずっと一緒にいてくれた春希は何だったのだろう。寂しいと感じるタイミングに現れ、困ったことがあったら相談に乗ってくれて、一人では手に負えないことがあると手伝ってくれていた。
「特にこの時間はいつも眠たくなっていたの。ちょうど六限目が終わる頃にね」
「え?あぁ、そうなんだ」
 一人で考え込んでいた竜は春希が話し始めたことに気がつかず、急いで相槌を打った。
「すごく、鮮明な夢を見ていた。竜君も出てきたよ。一緒に掃除したり、買い物したり。ゴキブリ退治もした。竜君、びっくりしていて、それからね……」
 春希が見た夢が、竜の記憶にもある出来事だった。部屋の掃除を一緒にしてもらったし、夕食の買い出しも着いてきてもらった。ゴキブリが出て驚いて春希にしがみついたりもした。あまりにも一致するので、やはり春希は今までずっと一緒にいてくれていたのではないだろうかと思った。
「竜君、体育で手を怪我して病院に行って……」
 夢の内容を思い出しながら話す春希は、ふと、竜の左手を見た。治りかけてはいるが、ボールが当たったアザがあった。もう痛みはないので、ぐるぐる巻きにされていた包帯は取ってある。
「あれ?その怪我は?」
「体育で野球していてボールが当たったんだ」
「不思議。正夢みたい」
 春希はボーッと竜の手のアザを見て呟いた。
「なんだか、俺の夢ばっかりだな」
 竜は照れてくれるかなと思い、少しだけ茶化してみようとしたが、春希は全く動じず「そういえばそうね」と言った。
「竜君のことが気がかりだったのかも。ずっと会いたかったから」
 ストレートに「会いたかった」なんて言われると、嬉しい反面、照れてしまって何も言えなくなった。こんなにまごまごするはずではなかったのに。
「だから、家に来てくれてすごく嬉しかったよ。私を忘れないでいてくれて、嬉しかった」
 六年も音沙汰がなかったので、忘れられたと思っていたのだろうか。そんなことはない。一日だって春希のことを忘れたことはない。夢で会っていたのかもしれない。と言うと詩的だが、春希の夢と竜の記憶が全て重なる。春希は「不思議だね」と言いつつ、もうあまり不思議がってはいなかった。竜も解明しようという気にはならなかった。どういう理屈かは知らないが、幻のような春希といた六年は嘘ではないような気がした。きっと心配して一緒にいてくれていたのだ。そうでないと、久しぶりの相手にこんな情愛のような気持ちは湧かないだろう。
「そろそろ歩こうか。俺の腕持っていいから」
「う、うん」
 春希は躊躇いつつ、言われた通り竜の腕を持った。おずおずとしている春希を見て、嫌だったのか?と思ったが、はたから見れば腕を組んで歩く仲睦まじいカップルに見えるかもしれないことに気がついた。
「支えがあった方が歩きやすいかなと思って。ふらついても安全だし。もし嫌だったら、もう少しゆっくり歩こう」
 竜は発言に他意はないことを説明したくて、早口で話すと、春希は竜の腕をぎゅっと掴んで首を横に振った。
「ありがとう」
 嬉しそうに竜を見上げる春希。嫌がっていないようでホッとした竜だっ