しかしやはり、はっきりと言葉にしなかったからか、目の前の彼には伝わらなかったようだ。

「それは、無理だ。やっと見つけたのに」

 見つけた。
 彼の言葉に一瞬、疑問符が浮かぶ。けれどもすぐに、ああ、金づるを探していたのかと合点(がてん)がいった。
 確か、彼のご両親も会社を経営していたと記憶している。祖父母や両親の手を離れ、経営者は変わってしまったけれど、会社自体は存在しているから、彼はまだ私を金づるとして利用できると思っているのだろう。

「……私、お金、持ってないから」

 利用、できないよ。
 今度はきちんと言葉にして、吐き出した。
 瞬間、彼は眉根を寄せ、口を引き結ぶ。ゆらりと、揺れる彼の()。あてにしていた金づる候補をやっと見つけたのに、お金はないと断られたことに動揺したのだろう。
 ふる、ふる、と小さく左右に首をふって、「違う」と目の前のその人は呟いた。

「信じてもらえないのは分かってる、けど、本当に、違う……違う、から、」

 偶然、彼と彼の友人との会話を聞いてしまい、別れを告げたあの日の夜にも、彼はそんなことを言っていたなと昔の記憶が脳裏を(よぎ)る。
 違う。信じて。金目的じゃない。
 受話口から放たれるそれを、すごく必死だなぁ、と他人事のように聞いていた己のことも、芋づる式に思い出した。