住人の男と目も合わせず
『お騒がせしました』と軽く頭を下げ
再びキャリーバッグを掴んでクルりと後ろを振り返った。

と、ちょうど同じタイミングだーーー


「家の前でゴチャゴチャうるせーな」

あろう事か、家主である月影本人のご登場。
本当に帰ってきたんだ。

不動産で会った時と同様に紺色のスーツを身にまとい、今日に至っては電子タバコを口にしている。

相変わらず風貌はホスト。
この人は、いったい何者?

「ちょうど良かった!
 貴方に聞きたい事があったんですッ
 同居なんて聞いてない!
 どういう事なのかちゃんと説明してッッ!!」

外だと言うのに思わず張ってしまった声は
この草原を抜け大海原に響いたんじゃないか?

「当日までの楽しみだって言っただろ。
 夢が叶って良かったじゃねーか」

フッと鼻で笑う月影さん。
悪魔の微笑みとしか思えない。

「騙したんですね。
 男と一緒に住むなんて…
 これじゃ詐欺じゃん」

「人聞きが悪いな。
 家賃、光熱費はタダ。
 飯と掃除がアンタの仕事。
 これで契約通りだろ」

「んなバカな…
 あり得ない…」

偉そうに腕を組んでドヤ顔をする彼に
私は開いた口が塞がらない。

家賃をタダにする代わりに
私に家政婦をしろと言うのだ。

『誰がアンタ達の母親になるか!!』って
喉元まで出掛かった。