「逃がさねぇッ」
木々をなぎ倒し敷地内を暴れまわりながら走り去る男を追い掛けようと、壱琉も自分の車に乗り込もうとしたけど、私はそんな彼を止めたかった。
「まっ…て…」
霞む視界に手を伸ばし壱琉を探すように空を掴むと、その思いは壱琉に届いたみたい。
「詩菜ッッ!!」
ガシッと掴まれた手の感触に
確かに聞こえる壱琉の叫ぶ声。
ここにいて…と心の中で何度も呟いて
私は力尽きたーーーーーーーーーー
いろんな人の声が遠くに聞こえる。
混濁する意識に映る景色は
様々に早変わりする天井と
次から次へと目の前を行き交う人々。
いま自分に何が起きていて
どうなっているんだろと
ハッキリ理解するのに少し時間が掛かった。
「詩菜ッ!?」
目が覚めたとき1番最初に聞こえてきた声
目に飛び込んできたのは真っ青な顔した壱琉だった。
「壱琉…」
ほんの少しだけ声を出してみると
『なんだ、どうした?』って心配そうに反応してくれるから、あー生きてるんだって実感する。
『良かった…』ってまた小さく呟くと
彼は私の声を聞き取ろうと顔を近づけてきた。
「近いんだけど…」
耳元で囁くと『ば、バカかっ』って
なぜか照れながら離れて行く。
なんなんだ、コイツは。
それでもずっと
険しく怖い顔をしたままだ。



