刃物を持っているときは驚かせないでほしいよ。
発言と包丁とで心拍数が一気にあがったじゃん。

「出て行くなんて急にどうしたの?」

落ち着け私ーって自分に言い聞かせ
平常心を保つように滑り落ちた包丁を洗い直していたのに、氷彗からの視線をめちゃくちゃ感じる。

明らかに何か真剣な話をしたそう、よね。

片手間に聞くのは申し訳ない気がして
包丁を無事に片付けてからクルリと振り返った。

まるでそのタイミングを待っていたように
氷彗が口を開く。

「壱琉、帰って来ないかもしれない」

「え…?」

「彼女の元に戻ると思う」

いつも以上に声のトーンもボリュームも重たくて
リアルすぎる冗談で笑えない。

「氷彗なに言って―――」

「壱琉にとってあの元カノは
 特別に愛した人だから」

遮られた氷彗の言葉に
私は声を失った。

元カノだとは氷彗から聞いていたし
そんな雰囲気を醸し出しているのも見ていてわかる。
だから彼女が困っているなら助けてあげたいって思う壱琉の気持ちも…

え。だから”特別に愛した人”って事?

「女たらしの彼が唯一忘れられなかった相手。
 だからもしこのまま2人が付き合ったとして
 壱琉がここを出て行くと言いだしたら
 詩菜はどうする?」

「どうするって…」

「ここに残る?
 それとも俺と出る…?」