【第1月曜日】
 出発までの1ヶ月はきっとあっと言う間に過ぎてしまうだろう。ホテル住まいなので持参する物は少なくて済むし、足りない物は現地調達すれば良い。部屋を引き払わなくて良いことと、仕事の引き継ぎが自分が居なくても済む手筈になっていることでかなり身軽に旅立てる。
 さて、と鏡で自分の顔を見た。まじまじと見て愕然とした。髪は伸び放題で毛先がパサついている。仕事中はバレッタで後ろにまとめてしまうため、長さを気にしていなかった。前回美容院に行ったのはいつだ? 半年前?! そんなになりふり構わず仕事してたっけ、と麻衣子は自分自身に呆れた。
 今日は半年ぶりに美容院に行くか、と職場から予約の電話を入れた。が、
「現在使われておりません」
 のアナウンス。半年の間に潰れてしまったのか。ショック。
 仕事が終わってから行ける、職場から遠くない所にある美容院は数少ない。集客に恵まれない立地条件にあったのは確かだが、潰れてしまうとは。
 困ったぞ、と今日は一先ず家に帰ることにして電車に乗った。
 17時過ぎの電車の乗客は月曜日とは言え、疲れた表情をしている。この状態で1週間を送るのだ。働くというのはいつの時代でも試練だ、と麻衣子は思った。
「失礼ですが、ちょっと宜しいでしょうか」
 正面に立つ背の高い男が突然低い声で麻衣子に話しかけた。
「え? あ、はい、何でしょうか」
「私は美容師をしているのですが、ちょっと気になりまして」
 うわっ、美容師に目をつけられるほど傷んでいるのか、と麻衣子は眉を顰めた。
「あー、わかりますわかります、ですよねですよね。行こうと思っていた美容院が潰れちゃったみたいで」
 と麻衣子は正直に言った。
「丁度良かった」
 と男は名刺を1枚出した。
「よかったら来て下さい。お試しでお安くします」
 麻衣子よりは若そうだ。腕は良いのだろうか。店の場所は池袋。滅多に行かない方面だ。どうするか。これも何かの縁か。ケアンズに行くまでの繋ぎだ、この際何とかしてもらうか。
「ありがとうございます。困っていたので助かりました。近いうちにお邪魔すると思います」
 神楽坂駅で麻衣子は降りたが、美容師はそのまま乗っていた。中野方面へ向かうのか。店が池袋なのにこの時間に東西線で移動? ま、いっか。いつ行こうかな。名刺の裏には店の営業日と営業時間が書かれていた。火曜日は休み、そうよね。行けるとしたら週末か。