『ねぇ、梶谷君』【現代・短編】

「あの、梶谷君は?」
「休学した。病気療養のためな……」
 休学?
 病気?
 初めて会った時の、色が白くて弱弱しい梶谷君の姿を思い出す。
 手伝えなくてごめんねという梶谷君の申し訳なさそうな顔を思い出す。
 病気?
 病気?
 休学しないといけない病気って何?
「戻ってこられると信じて、持っていてやってくれ」
 先生が私の肩を軽くポンポンと叩いて、野球部の練習に戻っていった。
 
 ゴーヤの植え替えが全部終わるころ、梶谷君が植えたゴーヤの種が芽を出していた。

「じゃぁ、サボテンくん、僕は手術室へ行ってくるよ。しばらくお別れだ……。もし、僕が戻らなかったら由岸さんに伝えてくれるかい?サボテンはテレパシーが使えるんだろう?せっかく入学した高校だから、僕がいた証を残したかったんだ……。だから、何か植えたかった。ゴーヤを植えられてよかった。教室のそばにいて、僕の代わりに授業を見られるんだ。僕の植えたゴーヤの種がまた次につながるんだよ。僕は……短い間だったけれど、確かに高校生だった……」

 7月。
 窓の外に、ひょっこりゴーヤのつるが顔を出していた。
 3階の教室の窓まで1本だけ伸びてきたんだ……。
 窓の外に見えるゴーヤのつるに定規を当てた。
「15センチ、合格……」

 8月
 ゴーヤの種ができた。

 9月
 梶谷君の席がなくなった。
 梶谷君の植えたゴーヤももうない。

 10月
 梶谷君のことを思い出す日々。
 僕のことを好きになった子は男運がないって言っていた。
 どういう意味か、考えたくない。

 11月
 ちゃんとサボテンを暖かくしているかな。
 梶谷君は何をサボテンに話しているの?

 12月
 梶谷君が学校を辞めたと聞いた。

 1月
 怖くて、梶谷君がどうしているのか聞けない。

 2月
 バレンタイン。
 私……。