『ねぇ、梶谷君』【現代・短編】

 梶谷君の合格が出た苗をいくつか育苗ポットにうつして移動する。
「どこから植えようか?こっちの端からでいい?」
「由岸先輩の教室はどこ?」
 梶谷君の言葉に視線をあげる。
「残念ながら、私の教室は3階なんだよね。緑のカーテンって内側から見るとすごくきれいなんだけど、今年は見られないなぁ……」
 去年は1階の教室で、みずみずしい緑の葉がゆらゆらと揺れるのを一日中眺められて幸せだった。
「一番大きな苗を植えたら、3階まで届くかもしれないよ?これ植えよう!」
 梶谷君が、大きくなーれと話しかけながら楽しそうにゴーヤの植え替えをしている。
 ……ゴーヤの植え替えが全部終わったら、もう梶谷君は来なくなるのかな?
 園芸部に入らない?って言ってみようかな……。

 金曜日。
 昨日の続きは一人だった。
 梶谷君の忘れていった定規が畑に刺さっている。
 なんとなく、梶谷君の真似をして苗の高さを図ってみた。
「15センチ、君は合格です」

 土曜日は雨。
 日曜日は雨のち曇り。

 月曜日。
 今日も梶谷君は来なかった。
 もう、満足しちゃったのかな……。

 火曜日。
 定規を握りしめて野球部のグラウンドに足を運ぶ。
「梶谷に用事か?」
「定規を忘れていったので……」
「そうか……」
 どこにでもある定規。大した忘れ物じゃないし、必要なら本人が取りに来るだろう……。
 忘れ物を届けるなんて、見え見えな口実だって分かってるけど……。
 会いたいって思った。クラスも分からない梶谷君に。
 できれば直接渡したい。先生に渡してもらう方が自然だろうか?
 もし、先生が渡しといてやるって言ったらどうしよう……。
 何組なのか聞いて、自分で届けますと言えばいいだろうか。
「由岸が、持っていてくれるか?きっと、梶谷もそれを望んでいるだろう」
 ポツリと小さな声で野球部の顧問が口を開く。
 何だろう?