『ねぇ、梶谷君』【現代・短編】

「うれしいなぁ。由岸先輩、僕をそんなに待っていてくれたの?」
 梶谷君がふわりとほほ笑む。
「ち、ち、違うよ、私じゃなくて、この子が待ってたの!」
 思わず勢いよく否定。そんなに私、待ち焦がれてたみたいな顔てたのかと思ったら恥ずかしくなった。
「これは?」
「見ての通りサボテンよ!先輩に聞いたら、これが育てやすいって。土と鉢は適したものに替えてあるから、あとは水をやりすぎないで暖かい日当たりのいい室内に置けば大丈夫よ。簡単に注意事項まとめてあるから」
 ポケットからレポート用紙を一枚取り出し広げて梶谷君に渡す。
「え?僕に?もらっていいの?」
「新しい苗を買うついで。ほ、ほら、ゴーヤの植え替えを手伝ってくれるんだよね?そのお礼の先払い?」
 梶谷君が、レポート用紙で表情を隠すように顔を覆った。
「パワースポット効果で幸運が訪れたのかな!こんなうれしいことあるなんて……。なんか、全部うまくいきそうな気がするよ……」
「大げさだよっ、100円のサボテン一つだよ!」
「だって、これからは独り言じゃなくて、この子が話を聞いてくれるんだろう?今までみたいに……膝を抱えて言葉を飲み込まなくても、この子が聞いてくれるんだよね」
 自分を好きになった子は不幸だみたいな発言といい、もしかして……梶谷君って、かなり闇が深い人間だったりします?
 素直で優しい子に見えるけどなぁ。だって、植物にこの子とか言ってるし。ありがとうもごめんなさいも自然に出てくるし。
「ほら、梶谷君見て、この調子ならあと3日4日で植え替えできるまで成長しそうだよ」
「すごい、まだ芽が出たばかりだと思ってたのに……」
 小さな本葉が出ている。これがしっかりした大きさの葉になって、15センチくらいまで育てば植え替え時だ。
「3日……うん、良かった。間に合いそう」