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流されるしかない、流されてばかり。なにひとつ自分で掴むことができない日々の中で、ともかく自分の意思で決められることを見つけた。

髪を切ろう、と思いついたのだ。べつにもともと、好きで伸ばしていたわけではない。
この半年ほど、父親の事業がいよいよ危なくなり、家庭内の空気は不穏になるばかりで、美容院に行く精神的・経済的余裕がなかったのだ。
伸ばしていたのではなく、放置していた結果のロングヘアーだった。

あの頃に比べて今がマシとは言い難いが、いいかげん髪ぐらい切ってもいいだろう。

子どもの頃からこつこつ貯めてきた貯金箱は、後生大事に東京から持ってきてある。髪をカットするくらいのお金なら出せる。

なんならネットの動画サイトで検索すれば、セルフカットのやり方も見つかるかもしれない。うんそうだ、切ってしまおう。

照明のせいばかりではなく、ほの暗い家の夕飯の席で、週末髪を切りにいくつもりだ、ととりあえず母と祖母に伝えた。
二人ともああそう、といった反応だったが、意外というか夕食後、母親が風呂に入っているときに、祖母が小さく折りたたんだ千円札を三枚渡してくれた。