視界の右側に佐澤洸暉が映っている。
机の上に鞄をほうって、ネクタイに指をかけると鬱陶(うっとう)しそうにほどき始めた。

シュルシュルという衣ずれが鼓膜をこするだけで、身体が反射的に硬直した。

息を吸いこみ、吐きだす。
呼吸を整えようと努める陽澄をよそに、ネクタイを外した彼はタバコを取り出しくわえると火を点けた。
灰皿を手に窓辺に足をすすめ、引き違い窓を全開に近く開けた。

レール部分に片足を乗せ、窓枠にもたれて腰をおろす。
煙を窓の外に吐き出し、ときおり手にした灰皿にトントンと灰を落としている。

力みのない一連の動作に、帰宅後の習慣なのだろうと察しがついた。自分はそのルーティンにどう組み込まれたのか…

視覚情報を無目的に取り込み分析している。
目の前の棚は書籍で埋まっている。ざっと見るところ、マンガや雑誌の(たぐい)より単行本や文庫本が目についた。

意外と(?)読書家のようだ。成績優秀という評判に偽りはなさそうだ。
しかしこれだけの蔵書を揃えられる経済的バックボーンは、やっぱり羨ましい。