夏の名残りをふくんだ風が頬をなで、髪をまきあげる。風景が後方へと流れてゆく。

佐澤洸暉の自転車の荷台に乗せられて、気分はさしずめドナドナだ。
市場に向かう子牛よりはマシなんだろうか。

願っていた高校生活は今見ている景色のように後方へ流れ去って、もう戻ってこない。
携帯でメッセージをやりとりしたり、一緒にお弁当を食べたり、宿題を見せ合ったり…高望みをしたつもりはないのに。

心は惜別の想いにとらわれながら、体は佐澤のお屋敷へと運ばれてゆく。
離れの彼の私室まで連れられる、とここまでは前回と同じ流れだった。

「ヒズミ」と部屋に入ったところで名を呼ばれた。発音が平板で、カタカナっぽく感じられる。
彼が自分の名を口にしたのは、あの図書館のとき以来だ。

やはり驚いて、思わず彼に視線を向ける。

「座ってて」
短く告げられた。

座っててって…逃げないとタカをくくっているのか。癪だけど、自分の頭のうちを探しても逃げるという選択肢は見当たらなかった。無駄なことを試みてもしょうがない。