「母親、俺に父親は誰か分からないってずっと言ってたのに、
急に、そうやって21歳の俺の前に父親だとか言う奴が現れて。
その上、いきなりそいつの籍に入れって。
俺と引き換えにもう金貰ってるから、俺に断る権利ねぇとかなんとか。
川邊とずっと繋がってたのか、
そん時、金欲しさに思い立って連絡取ったのかは知らねぇけど。
そっからは、さっき言ったように、
豪華な個室がいいとかなんだとかで。
どこの権力者だよってくらいその豪華な個室で、俺が22歳の時死んだけどな」
さっき、篤さんの口から出るお母さんの事が過去形だったのは、そう言う事なのか。
もう、居ないんだ。
「あのババア、男と金にだらしない最悪な女だったんだけど」
篤さんの今口にしているのは、
母親の事だろう。
「ガキの頃、俺が風邪とか引いたらいつもすげぇ優しくて。
ずっと、寝てる俺の側に居てくれて、ゼリーとか食わしてくれて。
んな事されたら、同じ事してやんなきゃって思うだろ」
だから、病気のお母さんの為に、
篤さんはそうやって身売りのような形で、
実の父親の籍に入ったんだ。
「川邊に言われて、大検受けて、大学受験して。
そこそこの大学受かって。
あの頃、頭が変になるくらい勉強して。
今思うと、それはそれで楽しかったし。
その川邊もそうだが、俺の義理の母親になんのか?
川邊の嫁もいい人だし。
うっせぇけど、なんだかんだ四人の妹達も俺に懐いてくれて」
篤さんはそう言って笑っていて。
今もそれなりには幸せなのだろうか?
「けど、俺も歳取ったのか、
お前と話してて懐かしくなったのか。
昔は楽しかったな、って思ってしまった」
篤さんの言う、その昔は。
川邊篤になる前の、北浦篤の頃。



