わたしはあの夜から、確かに彼に好意を抱き始めていた。だからこそ、家の前まで送ってくれた彼と別れる時に後ろ髪を引かれる思いがして、別れが名残り惜しくて連絡先を交換しようと思い立ったのだけれど、それは彼にとって迷惑なことなのではないかと、実は悩んでもいた。

 でも、それはわたしの思い過ごしだったのだ。彼もまた、わたしに恋をしたことに罪悪感のようなものを覚えていたのだ。
 だから連絡先の交換に快く応じてくれたし、父が病に倒れて帰らぬ人になるまでの間も、父が亡くなった後も、わたしのことを献身的に支えてくれていたのだ。

「絢乃さんのお力になろうと思ったのは、僕をパワハラから救って下さったご恩をお返ししたいという気持ちからでもありました」

「……恩返し?」

「はい。秘書室への異動を決めたのは、そのためでもあったんです。あなたが会長を就任された時に、僕がいちばん近い場所であなたの支えになりたいと。ですが、あくまで仕事上はボスと秘書という関係なので、仕事中は恋愛感情を持ち込まないつもりだったんですけど」

「……けど?」

 わたしが首を傾げると、彼は顔を赤らめながら、正直にすべて白状した。

「……その……、助手席でのあなたの寝顔があまりにも可愛かったので、つい我を忘れてしまって。もちろん、本当に絢乃さんのことが好きでキスしたんですけど、我に返ってからはもう、あなたに嫌われたらどうしようかとか、クビにされてしまうんじゃないかとかそんなことばかり考えてしまって」

 わたしは思わず笑い出してしまった。思いっきりバカ正直に、上司とはいえ八歳も年下のわたしに自分の弱い部分までさらけ出してしまう彼は、本当に愛すべき人だと。

 彼の気持ちがハッキリと分かった以上、今度はわたしの番。告白しようと決めるのに、もう何の(ちゅう)(ちょ)もなかった。

「……絢乃さん? 僕、何かおかしなこと言いました?」

「ううん、そうじゃないの。ありがとう、話してくれて。貴方の気持ち、すごく嬉しいわ。貴方が悩んでくれてたことも伝わったし、ホントに誠実な人なんだなぁって思った。……でもね、桐島さん。悩む必要なんてないのよ。わたしは貴方のこと、絶対にキライになったりしないから」

「え……、それって」

「わたしも、貴方のことが好きだから。初めて出会ったあの夜からずっと」

 目を瞠った彼の顔をまっすぐ見据えて、わたしは言った。

「わたし、貴方が初恋なの。初めて好きになった男性(ひと)が貴方でホントによかった」

「……ありがとうございます。光栄です。あなたの初恋の相手に、僕を選んで頂けて」