チョコレートなんて、会社でもわたし以外の女性から(多分、母からはなかったと思うけれど)たくさんもらっていたはずなのに、わたしからのチョコは彼にとって特別だったのだろう。

 彼がいつからわたしに惹かれていたのかを知るのは、もう少し先のことだったけれど。彼は基本的に誰にでも優しいし親切な人だから、わたしへの態度もそれと同じなのだろうと、その頃のわたしは思っていた。

 ちなみにこのチョコは、「本命」とも「義理」とも伝えていなかった。もしも伝えていたとしたら、彼の反応に違いはあったのだろうか? それは今でも分からないままである。

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 ――このバレンタインデーの翌日から、彼のわたしに接する態度がほんの少し変わった気がしていた。
 もちろん、優しかったり気が利いたりするところはそれまでと同じだったけれど、それ以上にわたしの言動ひとつひとつに一喜一憂しているのが目に見えて分かった。

「――では、カフェスタンド設置の件は、このまま進めていくということでいいですね? これで会議を終わります。みなさん、お疲れさまでした」

 もうすぐ四月になるというこの日も、会長室に村上社長や山崎専務、加藤経理部長を呼んで、わたしの提案した改革についての会議が行われていた。
 他の改革には時間がかかっているけれど(ちなみに一年以上経過した今も進行中である)、元喫煙ブースをカフェスタンドに改装する計画は順調に進んでいた。

「桐島さん、ありがとう。貴方にも入ってもらったおかげで、会議がスムーズに進行できたわ。わたしはまだ、自分のことでいっぱいいっぱいだから……。貴方がいてくれると頼もしいの」

「いえいえそんな! 僕は、僕にできることをさせて頂いているだけですよ。少しでも会長の手助けになっているなら、ありがたいです!」

 わたしが彼の仕事ぶりを評価したり、彼にお礼を言ったりするたびに、彼は頬を赤く染め、全身で喜びを表していた。
 元々そんなクールな人ではなかったけれど、ここまでハッキリと感情を表すこともなかっただけに、わたしも驚いたものだ。

「……ねえ桐島さん。貴方って最近、キャラ変わってない? そんなにはっちゃけたキャラだったかしら?」

 と、わたしが首を傾げると、

「そそそそ、そんなに変わってないですよ!? 会長の気のせいじゃないですか!?」

 と、これまた顔を真っ赤にして慌てて否定したものだった。
 でもわたしには、彼のそんな一面すら微笑ましくて、愛おしかった。会社の中では真面目でしっかり者でも、わたしの前では飾らずに自然体のままでいてほしいと思っていた。