ただ、母は会長の職務を代行するだけであり、肩書でいえば〝相談役〟に近かったので、母には経営に関する権限はなかった。――もちろん今も。

「――なるほど。それなら、親子で権力争いや派閥争いが起きる心配はなさそうですね。絢乃会長おひとりに、すべての権限が集中しているわけですから」

 わたしと母の説明に、運転しながら耳を傾けていた彼は安心したように頷いた。

「うん。でもね、桐島さん。そう言うとわたしがワンマン会長みたいに聞こえるでしょうけど、実際はそうじゃないの。わたしひとりで決められないことは、ママとか村上社長とかに相談して、意見を聞いて、みんなで決めるのよ。パパもそうしてたみたいにね」

 亡くなった父も、決してワンマンではなかった。元々が経営者ではなかったため、お仲間と相談しながらでないと何も決められなかったのかもしれない。

 でもわたしは、むしろ父がそういう経営者でよかったと思う。もしわたしのお手本となるべき父がワンマン経営者だったら、きっとわたしは後を継ぎたいと思わなかっただろうから。

「僕もその方が安心です。平和主義者なんで、争いごとキライなんですよ。ましてや自分の働かせて頂いてる会社でそんな争いが起きたら、働きづらくて仕方ありませんもんね」

 彼もまた、わたしが守っていかなければならない社員のひとり。そんな彼の率直な意見は、わたしにとって何よりありがたかった。
 わたしは彼に退職してほしくなかったから、彼が働きやすい企業であり続けられるようにしなければと、改めて決意を固めることができたのだ。

「――絢乃さん」

「うん?」

「あなたはこれから、きっと険しい道を歩んでいくことになると思います。でも、あなたは決してひとりじゃないです。僕も、加奈子さんも、そして……亡くなったお父さまもお側にいますから。あなたのことは、絶対にお守りしますから」

 彼が力説していると、母も隣から彼の言葉に同意した。

「そうよ、絢乃。あなたが不安な気持ちはよく分かる。こんな小娘、周りの大人から舐められるかもしれないって思ってるでしょ。でも、そのために私や桐島くんがいるの。だから、いつでも頼ってね。私たちが全力であなたをサポートしてあげるから」

 わたしはなんて頼もしい味方に恵まれたんだろう。二人のこの言葉に、何より彼の励ましに、わたしはどれだけ勇気づけられたことだろう。

「……うん。ママ、桐島さん、ありがとう!」

 ――パパ、見ててね。わたし、みんなから信頼される会長になってみせるから。二人にお礼を言った後、わたしは天国にいる父にそう語りかけた。