――それから二日が過ぎ、いよいよ会長・篠沢絢乃のお披露目(ひろめ)の日がやってきた。

 その日の朝、わたしは自室の洗面台で丁寧に洗顔を済ませて自慢のロングヘアーをブラッシングすると、ウォークインクローゼットに足を踏み入れた。

 そこでわたしが迷うことなく手に取ったのは、母が購入してくれたスーツ一式ではなく学校の制服。小物を入れておく小さなチェストからは、通学時に穿()いている黒のハイソックスも一足取り出し、武士が(よろい)(まと)うように身支度を整えた。

「――絢乃、おはよう。支度できた? そろそろ朝ゴハンを食べに下りないと。九時には桐島くんが迎えに来るわよ」

「うん、分かった! 今行くわ」

 わたしが部屋を出ると、廊下で待ってくれていたらしい母はわたしの服装を見て軽く眉をひそめた。

「絢乃……、本当にその格好で行くの? スーツじゃなくて」

「うん。だって決めてたんだもん。わたしは誰に何を言われても、このスタイルを貫くんだ、って」

 わたしは母にキッパリと宣言した。
 父の葬儀が終わった後、わたしは決意していたのだ。女子高生の自分のままで、会長の職務も実行していこうと。
 どう足掻(あが)いたたところで、いきなり大人になんてなれないのだから。それならわたしは、ありのままの自分で闘っていこうと思ったのだ。この制服は、そのための戦闘服というわけだった。

「…………まあ、あなたがそこまで言いきるなら、私も反対はしないわ。パパも言いだしたら聞かない人だったけど、あなたはパパにそっくりね」

 困ったように、呆れたようにそう言った母に、わたしは苦笑いするしかなかった。あの場では、喜ぶべきだったのだろうか……?

「でも、あなたがそこまで覚悟できてるならいいけど。あなたが進もうとしてる道は(いばら)の道よ。生半可な気持ちで進めば、あなたはどちらでも信頼を失うかもしれない。本当にそれでいいのね?」

「分かってるわ、ママ。わたしは本気だよ。絶対に、どっちもおざなりになんかしない。約束する」

「……ええ、分かった。あなたのその(りん)とした態度を見てたら、あなたの真剣さが伝わってきたわ。そういうところもパパによく似てるわね」

 最後には母が折れた。嬉しそうに目を細めた母には、その時のわたしと父の姿が重なって見えていたのかもしれない。

「わたし、そんなにパパに似てるかな? ママ似のところは?」

 階下へ下りる途中、わたしが母に訊ねてみると。

「顔」

 あまりにもシンプルな答えに、わたしは思わず吹き出した。