この決定に、まだ文句タラタラの人たちもいたけれど、新会長の誕生を大勢の人たちが拍手でもって歓迎してくれた。
 
「みなさん、ありがとう! わたし、精一杯頑張ります! 本当にありがとう!」

 わたしは万感の想いで、わたしを会長に選んでくれた人たちに感謝の気持ちを述べた。

 会議は次の議題へと移り、常務は村上社長が、専務は人事部長の山崎(やまざき)(おさむ)氏が兼務し、あとの役員人事は一部変更するということで、取締役会は幕を閉じた。

「――絢乃、今日はお疲れさま。お腹すいたんじゃない? 何か美味しいものでも食べて帰りましょうか」

 帰りの車の中で、母がわたしを(ねぎら)ってくれた。わたしが頷くと、母は運転手の寺田さんに「青山(あおやま)のレストランに寄って」と申しつけた。

 そしてわたしにはその日、朝からずっとモヤモヤしていたことがあった。

「――桐島さん、一度もわたしのこと褒めてくれなかったわ。せっかく気合入れて、ファッションもメイクも頑張ったのに」

 大人っぽいスーツの中で、唯一女の子らしい可愛らしさを(かも)し出していたフワッとした大きなリボンタイ付きの白いブラウス。それと、背伸びして頑張ってみたビジネスメイク。せめてこれくらいは彼からの感想がほしかった。
 それを言葉にして吐き出すと、母は笑いながらこう言った。

「あなた、そんなことが不満なの? ……そうねぇ、桐島くんは不器用だから、あんまりそういうこと言ったりできないんじゃないかしら。女性慣れしてるようでもなさそうだし」

「それは……、うん、確かにそうかも」

 彼が女性慣れしている人だとは、わたしも思っていなかった。
 実際にそうだったし、仮に彼がそういう人だったら、わたしもきっとこんなに惹かれていなかっただろう。わたしは、彼の不器用すぎるくらいの誠実さに惹かれていたのだから。

「でしょう? そんなに気になるなら、あなたから電話してみたら? 会議のことだって気になってるでしょうし」

「ママ……」

 さすがはわたしの母親だ。わたしにさりげなくキッカケを与え、恋のアシストをしてくれた。
 恋する女の子は、好きな人からもらったささやかな褒め言葉ですら嬉しいものなのだ。

 母のアシストを無駄にしないために、わたしはその場でバッグからスマホを取り出して、彼の番号をコールした。

『――はい、桐島です。お疲れさまです』

「桐島さん、朝はありがとう」

『どうしました? 会議で何かありました?』

「ううん、そういうワケじゃないんだけど。あの……、今日のわたしの服装とかメイクとか、どうだったかな……と思って……」