「パパ……、わたしはもう小さな子供じゃないってば」

 膨れっ面で抗議したつもりが、泣きそうだったので湿っぽい声になってしまった。

「何を言ってる。絢乃はいつまでも、お父さんの可愛い子供だよ」

「……うん」

 死を間近に控えた父の言葉は、どれも重かった。わたしがこの(ひと)の娘でいられるのもあとわずかな時間なのだ――。そう思うと、しんみりしてしまうのもムリはなかった。

「ところで絢乃。好きな男はいるのか?」

「……えっ? どうしたの、急に」

 それまでに父と恋愛について話したことは一度もなかったので、わたしは面食らった。

「お前ももう十八になるだろう? 年頃だし、一人くらい、そういう相手がいるのかと思ってな」

「何言ってるの、パパ。わたしの誕生日まで、あと半年近くも――」

 そう言いかけて、わたしは気づいた。わたしの誕生日は四月三日。その頃にはもう、父はこの世にいないのだと。

「……ゴメンなさい。――好きな人ならいるわ。つい最近気がついたの。わたし、この歳で初めて恋をしてるの」

 わたしはその場で、彼のことを思い浮かべた。
 当時はまだ生まれたての小さな恋。これが大きな愛情で結ばれて、生涯の伴侶にまでなるなんて、まだ高校二年生だったわたしにどうして想像できただろう?

「そうかそうか。絢乃ももう、そんな歳になったんだなぁ……。絢乃、幸せになりなさい。絢乃のウェディングドレス姿、お父さんも見たかったな」

「……うん」

 ささやかな遺言のような父の呟きに、わたしはこらえきれなくなって鼻をすすった。

****

 ――今日という最高に幸せな日を迎えてなお、わたしに唯一悔いが残っているとすれば、今日のわたしの姿を生きている父に見てもらえなかったことだ。
 でもきっと、彼が言ったように、父はどこかでわたしのウェディングドレス姿を見て、喜んでくれていると思う。

 わたしは今日、彼の優しい一言で、やっと唯一の後悔から解放された気がする。
 やっぱり、彼を伴侶に選んでよかった。わたしの決断は間違っていなかったと、今なら胸を張って言える。

****

 ――彼とは父の闘病中、よく連絡を取り合っていた。
 彼は社会人で、わたしは当時高校生。生活スタイルも少し違っていたので、主にメッセージのやり取りだった。

 彼は会社での父の様子を、同じ大学の先輩だという会長付秘書・小川(おがわ)夏希(なつき)さんから聞いては、わたしに知らせてくれていた。
 わたしは家での看病についてや、日常での些細(ささい)な出来事を彼に送り、時々落ち込みそうになった時には彼に電話して、励ましの言葉をもらったりしていた。