「大変……なのかしら? わたしはまだ恵まれてる方だと思うけど」

 わたしは首を傾げた。彼の呟きに、あまりピンと来なかったからである。

「生まれた時から結婚相手が決まってる人も、セレブの中にはまだまだ少なからずいるわ。そんな中で、わたしは自分で相手を決められるだけマシな方なんじゃないかな」

 〝長男はダメ〟ということは、逆に言えば〝長男でなければ、どこの誰でも構わない〟ということ。――わたしが好きになって、結婚を考える相手であれば。

 両親はわたしがまだ幼い頃から、わたしに舞い込んでくる政略結婚の話をことごとく断ってくれていた。わたしには、自分が本当に好きになった人と結ばれて幸せになってほしいと願っていたからだそうだ。

「だからね、……たとえばの話、貴方もわたしのお婿さんの候補に十分当てはまるってこと」

 この時は、まさか本当にそうなるなんて思ってもいなかったわたしは、たとえ話として彼にそう言った。 

「それって、僕も次男だからってことですか?」

「そうよ」

 〝長男以外〟という意味でなら、当然次男である彼もそのカテゴリーに入る。……その時はまだ、数多くいる候補の内の一人、というだけだったのだけれど。

「そうなんですね……」

 そう呟いた時の彼は、何だか嬉しそうな表情をしていた。わたしがそんな彼の気持ちを知ったのは、もう少し先のことだった。

 ――車はもうすぐ()()寿()に差し掛かろうとしていた。
 わたしはクラッチバッグからスマホを取り出して、ハンドルを握る彼に断りを入れた。

「――ゴメンなさい、桐島さん。ちょっと電話かけてもいい?」

「ああ、お母さまにですよね。どうぞ。お家で心配なさってるでしょうし」

「ありがとう。……じゃあ、ちょっと失礼して」

 わたしは発着信履歴を開くと、母の携帯番号をコールした。

『――絢乃、今日はお疲れさま。今どこにいるの?』

「ママ、ありがとう。今は……えっと、恵比寿のあたりかな」

 話している途中で、ちょうど標識が見えた。

『そう。――っていうか、あなた今、どうやって帰ってきてるの?』

「桐島さんの車で送ってもらってるの。彼の方から『僕の車でよかったら』って言ってくれて」

『あら、桐島くんがねぇ……。ふふっ、彼が親切でよかったわね』

「うん……? どういう意味?」

 母の笑い声の意味が分からず、わたしは訊き返した。