「はい。人には向き不向きってものがありますから。少なくとも僕は、銀行員には向いてないなって自分で分かってたので、就活の時真っ先に銀行は外しました。父の後を継ぐ必要もないですし」

「そうよね……。うん、なんとなく分かるわ」

 お父さまもサラリーマンなのだから、彼が父親と同じ職を選ぶ必要はなかったわけだ。それで彼は、篠沢商事と縁があって入社した。
 たとえそれが、彼が内定をもらったうちの一社に過ぎなかったとしても、最終的に入社を決めたのは彼自身なのだから。

「僕は篠沢に入社してよかったと思ってます。……まあ、正直給料もいいですし、でもそれだけじゃなくて。大企業なのに、みんなが家族みたいっていうか、アットホームっていうか。すごく働きやすくて、居心地がいいんです。絢乃さんのお父さまのおかげです」

「ありがとう! それ聞いたら、きっとパパも喜ぶと思うわ」

「会社やグループのみんな、源一会長のことが大好きなんですね。だからこうして、毎年会長のお誕生日に会社のイベントとしてパーティーを開催してるんですよね」

 父の誕生パーティーは、父が会長に就任してから五年間、毎年行われていた。
 それも業務命令で、ではなく、最初は父が所属していた営業部の有志のメンバーで始めた会だったらしい。それがいつしか、会社全体で「やろう」「会長のお誕生日をお祝いしよう」というムードになり、あれほど大規模なパーティーになったのだと、わたしは母から聞いた。

「うん……。でも多分、パパの誕生パーティーは今年が最後になると思う」

 わたしは沈んだ声で、彼に答えた。
 父はもう長く生きられないかもしれない。――わたしはこの時、もう覚悟を決めていたのかもしれない。