黒は死者を(いた)む色だから、前に進むためにこの色を避けたかったという彼の気持ちはわたしにもよく分かっていたのだけれど。いい年した大人がゴネるのはやめてほしい。
 というわけで、彼のタキシードは白に決まったのだ。披露パーティーの時には、お色直しでグレーのタキシードを着ることになっている。

 ちなみに、わたしのこのベアトップのドレスを選んでくれたのも彼だ。彼はわたしのドレス姿をまじまじと眺めて目を細める。

「やっぱり、このドレスにしてよかったですね。よくお似合いですよ。絢乃さんは、デコルテがキレイですから」

「……やめてよもう。そんなあからさまに言われたら、なんか恥ずかしい」

 いくら夫になる人からとはいえ、わたしはまだ男性にそういうことを言われるのに慣れていない。
 とはいっても、彼はもう我が家に一緒に住んでいて寝室も共にしている。すでに新生活は始まっているのだ。

「そうやって恥じらう絢乃さん、可愛くて好きですよ」

「またそうやってからかう……」

 わたしは結局、彼に弱いのかもしれない。悠さんの言葉を借りるなら、〝惚れた弱み〟というやつだろうか。

「――絢乃さん、ふつつか者ですが、よろしくお願いします」

「それ、普通逆じゃない? 花嫁の言葉でしょ」

 彼と話していると、わたしは笑顔が絶えない。父が亡くなって、「もう笑えなくなるんじゃないか」と不安になったのがウソのよう。でもそうならずに済んだのは、彼が側にいてくれたからだった。

 今日の結婚式には、里歩と唯ちゃん、悠さん(……は貢の身内だから当たり前か)、広田室長に小川さん、村上社長、山崎専務も招待しているけれど、わたしの会長就任を反対していた親族は()ばなかった。こんな晴れの日をブチ壊されてはたまったもんじゃない。

「――新郎様、お写真撮影の準備ができております。先にフォトスタジオまでお越しください!」

 式場の女性スタッフが、控室の外から彼を呼んでいる。なぜ新郎だけ先にスタジオへ行くのかといえば、新婦はヘアスタイルの最終調整やお化粧直しをしなければならないから、なのだとか。

「あ、はい! ――それじゃ、僕は先にスタジオへ行ってますんで、失礼します」

「うん。また後で」

 彼と入れ違いに、母を伴って控室へ入ってきた式場スタッフは手早くわたしの髪形とメイクを直し、立ち上がったわたしのドレスの裾のシワも直してくれた。

「――じゃあ絢乃、私たちも行きましょうか」

「さあ会長、参りましょう!」

「はいっ!」

 母は裾の広がったパープルのパンツスーツ姿。亡き父に代わって、一緒にバージンロードを歩いてくれることになっている。

 彼の待つフォトスタジオへ向かう途中、わたしは心の中で父に話しかけた。

 ――パパ、見てくれてますか? 貢はパパとの約束を守ってくれたよ。
 わたし、彼となら幸せになれると思う。ううん! 絶対に幸せになるから!
 だからね、パパ。わたしは彼と一緒に、これからの人生を歩んでいくよ。
 パパがわたしを託してくれて、わたしが初めての恋をささげたあの人と――。


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