「ちょうど一年前に、あなたのお父さまと僕がどんな約束をしたのかは、以前お話ししましたよね?」

「うん。パパが貴方に、わたしのことを頼んだっていう話でしょ? ……それじゃ、このプロポーズは」

 父が望んだから、彼はわたしの婿になる決意をしたのだと思った。でも、彼の答えはわたしが想像していたのとは違っていた。

「もちろん、その約束を果たしたかったのもありますが、これは僕自身が決めたことです。僕はこれまで、上司であるあなたに守られてきました。でも、僕も男なので……、守られてばかりではダメだと思ったんです。僕じゃ頼りないかもしれませんが、これからは僕にもあなたの人生を守らせて頂けませんか?」

「…………うん、ありがと」

 わたしの目から、一年前と同じように涙が溢れた。それを見た途端、彼が毅然(きぜん)とした態度から一変してオロオロし始めた。

「……えっ!? スミマセン! 僕、会長を泣かせてしまうようなことを何か――」

「ううん、違うの。これは嬉し涙。……ゴメンなさい。わたしね、もう貴方との恋はもうダメかもしれないって思ったこともあったから……。だから、こうしてプロポーズしてもらえたことが嬉しいの。今、すごく幸せなの」

 わたしは泣き笑いの顔で答えた。この涙はちょうど一年前、父がもうすぐいなくなってしまうことにショックを受けて流したのとは違う、幸せの涙だった。 

「僕はまだ、あなたを幸せにする自信はありませんけど、あなたの笑顔を守ることくらいはできます。こんな冴えない僕ですが、よろしくお願いします!」

「こちらこそよろしく! 二人で幸せになろうね!」

 指で涙を拭ったわたしは、椅子から立ち上がって彼に抱きついた。多分、泣いたせいでアイメイクはボロボロで、パンダみたいな顔になっていたと思う。
ロマンチックな展開が台無しだったけれど、そんなの気にしなかった。

「――あのね、桐島さん。わたしも今まで貴方に話してなかったことがあるの」

「……へっ?」

 彼の耳元で囁くと、彼が素っ頓狂な声を上げた。彼は耳まで真っ赤だった。

「実はわたしも、貴方と同じで一目惚れだったのよ」

「ええっ!? 僕のどこにそんな要素が……」

「パパが倒れた時、本気で心配してくれてたでしょ? それに、わたしのことをすごく気遣ってくれてて。その時の真剣で、でもあったかい眼差しにわたしは一目惚れしたの」

 彼は恋愛小説のヒーローに向いているほど、ずば抜けてイケメンというわけではない(自分の恋人に対してなんてひどい評価だろうかと、わたし自身も呆れるけれど)。でも、心がキレイな人だ。真っすぐで、純粋で、芯が強い。そういう人だから、わたしは彼に惹かれたのだと思う。