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 ――わたしに「いつまででも待っててあげる」と言われた彼がプロポーズをしてくれたのは、意外にも早くてその年のクリスマスイヴだった。西のガラス窓から見えたキレイな夕暮れの空が、今でも心に焼き付いている。

 学校は冬休みに入っていたので、わたしは朝から冬物のスーツにハイネックの二ットを着込み、黒のタイツにワインレッドのベルベットのパンプスで出社していた。もちろん、誕生日に彼から贈られたネックレスも身に着けて。

「――会長、ちょっとよろしいですか? お渡ししたいものがあるんですが」

「ん? 何かしら?」

 彼は自分のデスクの抽斗から、キレイにラッピングされた正方形の小さな箱を取り出してきた。
 この頃にはもう、社内では秘密にしていたはずのわたしと彼との関係も他の社員達の間で暗黙の了解になっていたようだ。こういう私物は、秘書室のロッカーで保管しなければならないはずなのに、バッグから持ち出しても広田室長から咎められることはなかったらしい。

「メリークリスマス! そして……」

 彼は自分の手でリボンをほどき、包装を解いた。そして、現れたベルベットのケースのフタを開け、中に収められた物をわたしの方に向けた。

「……えっ?」

「やっと覚悟が決まりました。僕でよければ、あなたのお婿さんにして頂けないでしょうか? お願いします」

 それは、プラチナの台に小さなダイヤモンドが一粒あしらわれたシンプルだけれど可愛らしい指輪。彼からのエンゲージリングだった。
 そういえば、その数日前の日曜日、彼は「予定があるからデートをキャンセルさせてほしい」と言ってきていた。きっとその日に、こっそりこの指輪を選びに行っていたのだろう。

 彼は自分のことを「カッコよくない」と言っていたけれど、そんなことないじゃない。こうして真摯(しんし)にわたしにプロポーズしてくれるところも、父やわたしのことを本気で案じてくれていた真剣な眼差しも、わたしは誰よりもカッコいいと思っている。
 だって、彼がわたしに一目惚れしたように、わたしも彼のそういうところに一目惚れしていたのだから。

「もちろんよ! こちらこそありがとう。よろしくお願いします!」

 そろそろと、彼がわたしの左手を取った。そして、ケースから指輪を取り出してわたしの薬指にはめてくれた。
 不思議と、測ったようにサイズはピッタリだった。

「スゴい、ピッタリ……。でも、どうしてサイズ……」

「実は、加奈子さんからこっそり聞いてたんです。『絢乃の指のサイズなら、きっと七号よ』って」

「そんなことだろうと思った」

 彼が笑いながら打ち明けてくれたので、わたしもつられて笑ってしまった。