「――それで、広田さん。今日はどうなさったんですか?」

 改めて、彼女が来室した用件を訊ねてみた。

「特別何かあるというわけではないんですが……。桐島くん、ちゃんとやってくれてますか?」

「……ええ。毎日活き活きと働いてくれてます。わたしも彼にだいぶ助けられてますよ」

 できるだけ当たり障りなく、彼女の質問に答えた。
 わたしは決して、彼を嫌いになれない。真面目に日々の仕事に取り組む彼が好きだし、誇りにも思っている。そして、以前いた部署での苦労も知っているから、楽しそうに働いてくれるのは経営者として何よりの喜びだった。

「そうですか、よかった。――いえね、私も彼の総務部時代のことは耳にしておりますから。彼が会社を辞めたがっていたことも存じております。ですから、秘書室へ移ってきてからの彼はどうなのかと心配で」

「心中、お察しします。貴女(あなた)は彼の直属の上司ですものね。ご心配になるのは分かります。わたしと母とで独占しちゃってますけど」

 そして、彼はわたしたち母娘の間で振り回されていた。それはもう、秘書室に所属する他の社員よりも大変だったろう。――今は母が相談役に専念してくれているので、それほど大変ではないようだけれど。

「ご理解頂いて感謝します。――ところで、会長に確認したいことがございまして。……よろしいですか?」

「ええ……。何でしょうか?」

 彼女は険しかった表情をふっと和らげ、少女のようにいたずらっぽく訊ねてきた。

「あの、私の勘違いでしたら申し訳ないんですが……。会長と桐島くんって、お付き合いなさってたりします?」

「……ええっ!?」

 一瞬、わたしの聞き間違いかと思い、耳を疑った。彼に輪をかけたように真面目な広田さんの口から、そんな言葉が飛び出すなんて!

「どどどど、どうしてそう思われたんですか!? わたしたちの関係は、社内では秘密にしていたはずなんですけど」

「あら、やっぱりそうだったんですね。職場恋愛(オフィスラブ)、大いに結構じゃないですか。私も、夫とは職場結婚だったんですよ。ですから、一目瞭然でしたよ。……まぁ、結婚が遅かったので、まだ子供には恵まれてませんが」

「そう……ですか?」

「ええ。……ですが、会長には何かお考えがあって秘密にされているんでしょうから、私も周囲には漏らさないように注意しておきます」

「どうも……。でもわたし、最近彼の気持ちをどこまで信じていいか分からなくなってるんです」

 彼女に弱音を吐くのは初めてだった。母に年が近いので、母に打ち明けるのと同じくらい気が楽だったからかもしれない。

「……とおっしゃいますと?」

「広田さん。……住む世界が違う者同士の恋愛からの結婚って、あり得ると思いますか?」

「…………さぁ、私には何とも」

 わたしの身につまされた質問に、彼女は困ったように首を傾げていた。