「失礼します」と言って、秘書の女性が退出していくと、わたしは山崎さんに本題を切り出した。

「――山崎さん。半年前にあった、総務課でのパワハラの件なんですけど。こちらの労務担当に相談があったんですよね? 山崎さんにも報告上がってます?」

「どうでしたかね……、半年も前のことはちょっと。確認しますので、少々お待ち頂いてもよろしいですか?」

 彼はソファーから立ち上がり、デスクのパソコンに向かった。
 社員からの相談を受けた場合は、その内容が部長にも共有されているらしいと、わたしも生前の父から聞いたことがあった。
 
 しばらくして、彼はプリンターから吐き出された数枚の紙を手に、私の元へ戻ってきた。

「――えーと、……ああ、ありました。これですな。総務課所属の社員ほぼ全員から相談を受けていたようですが、島谷課長がその事実を認めなかったので、結局はウチの労務担当も何の対策もできんかったようです」

「ほとんど……、全員から……」

 わたしは愕然とした。これはもはや、我が〈篠沢グループ〉の汚点というか、(うみ)と言っても過言ではなかった。

「……ねえ、その中に、桐島さんからの相談もあったんですか?」

 わたしは山崎さんに、この件を知ったのは彼の身内のお話からだったのだと説明した。彼がパワハラのせいで、会社を辞めたいと思い詰めていたのだと。

「桐島くん……ですか? ……いえ、この中にはありませんねぇ。彼は相談に来ていなかったんじゃないでしょうかね」

「そう……ですか」

「彼の真面目さは、社内で評判になってますからね。きっとひとりで抱え込んでたんじゃないでしょうかねぇ。そこまで追い詰められる前に、ひとこと相談してくれたらよかったんですが」

「ええ……」

 山崎さんの言葉には、わたしもまったくの同感だった。
 幸いにも、彼はわたしと出会ったことで気持ちが楽になり、転属を決めてパワハラから解放されたけれど。もしもそうでなかったら……と思うと、わたしは心が痛んだ。

「――山崎さん。もうすぐ新年度も始まりますし、わたしは新入社員が入る前に、この問題は解決した方がいいと思うんですけど。明日の朝、ご都合はいかがですか?」

「大丈夫……だと思いますが。――ああ、会長室で会議を行いたいと?」

「そうです。この問題への今後の対応を、村上さんと三役会議で話し合いたいんです。――ちょっと待ってて下さいね」

 わたしはスーツの右ポケットからスマホを取り出して、彼に電話をかけた。内線電話でもよかったのだけれど、彼が山崎さんからの内線だと思ってビクビクするのではないかと思ったのだ。

『――会長、今どちらにいらっしゃるんですか?』

「人事部長室よ。山崎さんのところ。――急な話で申し訳ないんだけど、明日の朝イチで、三役会議をやるから。山崎さんは大丈夫らしいから、村上さんには貴方から連絡しておいてくれないかしら?」

『三役会議? ……ああ、例の件で、ですね』

「そう。お願いね。ご本人に繋がらなかったら、秘書の小川さんに伝えておいてくれて構わないから」