僕は部室のロッカーからシューズなどの荷物を取り出すと、予め持ってきていた大きめのバッグに詰め込んでいた。

 たった一年程の所属だったが、バスケを再開して本当に良かったと思えた時間を過ごせた。

 決して強くないチームだったがみんなが仲良く、また、同級生、下級生も僕のアドバイスに対して熱心に聞き入れてくれた。

 僕を誘ってくれた加納さんや、僕を受け入れてくれたチームメイトたちに感謝の言葉しかない。

 少し思い出に耽っていると部室扉の開く音がした。扉の方へ目を向けると、そこにはマネージャーの加納さんが立っていた。

「片付けですか」

「うん、今日で引退だから」

 彼女は、僕の片付けを黙って見ている。遠くから、野球部の掛け声やバッティングの打撃音が聞こえてくる。

「ありがとうございました」

 彼女が深く頭を下げた。僕はまとめた荷物をベンチの上に置き、彼女に近付いた。

「いや、お礼を言うのは僕の方だ。加納さんが誘ってくれたお陰で、楽しい一年が過ごせたよ。こちらこそ、本当に、ありがとう」

 彼女はぱっと顔を上げると、真っ直ぐ僕を見つめている。その目に涙がたまっていた。僕は彼女に微笑むとまとめた荷物を肩にかけて、部室を後にした。

 高校生活もあと残り僅か。

 あとは受験生として勉強に励まなくてはと、大きく背伸びをした。

 のんびりと部室から校門の方へ歩いていると、栗原と山川さんが、校門手前の桜の木の下にいるのを見つけた。

 緑の葉っぱの生い茂った桜の木の下は程よい木陰ができており、真夏の陽射しを避けるには良い場所だ。

 栗原たちは僕に気付くと大きく手を振っている。僕は手を振り返すと、少し足早に彼女らの方へと向かった。

 栗原たちと合流すると、栗原は三人でお疲れ会をするよと、僕を強引に引っ張りバスに乗せた。

 バスの中や市内のコーヒーショップでは、色んな思い出話しで盛り上がりすぎて、別の客から顰蹙の目で見られてしまった。

 楽しい時間もあっという間に過ぎていき、僕らは帰りのバスに揺られ、帰宅した。

「昨日で引退したのね」

 昼休みに中庭の小さな木の木陰に寝そべり、久しぶりに昼寝をしていると掛川から声を掛けられた。

 掛川と話しをするのは、いつ以来だろう。

 僕が男バスへ入部してからは、携帯でのやり取りも少なくなり、三年に進級してからは、特進科と普通科の教室が離れたこともあり、廊下ですれ違うこともなくなった。

 でも、それで良いんだと僕は思っている。

 決して掛川と関わりたくないとかいう、以前のような気持ちからではない。

 掛川は僕の横へ腰を下ろした。

 僕も掛川もお互いの方へ向かず、なんの会話もなく、ただ過ごしていた。

 掛川が何か言おうと口を開きかけた時、昼休みの終わりが近付いていることを知らせる予鈴が響き渡った。

 困ったような、寂しいような顔をした掛川に、じゃぁと声を掛けると、僕は教室へ戻った。

 教室へ戻るとほとんどのクラスメイトたちが席についており、席に着いていないのは僕の他、数名程度であった。

 僕は自分の席につき授業の準備をすると、携帯に着信を知らせるランプが点滅していることに気がついた。

 携帯に掛川からのメッセージが届いていた。

 久しぶりに二人になれて嬉しかったこと、もう少し話しがしたかったこと、どこの大学を受験するの?などの内容だった。

 僕は授業が始まることもあり返信はしなかった。メッセージを開けば既読サインが着くことから、僕が掛川からのメッセージを読んだことが分かるだろうし。

 受験生なのに僕は授業に集中せず、ぼやぁっと窓の外を眺めている。

 蝉の声が遠くの方から聞こえてくる。

「夏だなぁ」

 僕は間の抜けた声で呟くと、隣の席の女子がちらりとこちらに視線を向けたが、すぐに教壇へと向きなおった。

 そんな女子の冷たい視線に苦笑いをすると、机の上に頬杖をつき、変わらずぼやぁっとしていると、うとうとと睡魔が襲ってきた。

 僕は睡魔に抗うことなく、静かに瞼を閉じた。