額から流れ落ちる汗をタオルで拭うが、止まることなく次から次へと滝のように汗が吹き出してくる。

 僕は少し足を止め、ペットボトルの水を一口飲むと、いま来た道を振り返った。澄んだ空、緑が生い茂る木々、遠くには、広くどこまでも続いている海。

「暑いな」

 太陽がその暴力的な日差しで、逃げ場のない僕を容赦なく照りつけてくる。本格的に夏が始まったと感じた。

 僕は目的地まで、あと少しだと自分を励まし、また歩き始めた。

 しばらく歩いていると目の前に車が十台くらいがやっと停められる、未舗装の小さな駐車場が現れた。駐車場を横切り奥にある階段を登ると、数区画しかないが手入れの行き届いた小さな墓地にたどり着いた。

 僕はその一番奥にあるお墓の前に迷いなく進んだ。墓石には澤部家と彫ってある。

 澤部美里の眠っている場所。

 お墓の前に座り手を合わせ目を閉じた。ここに来たのはこれで何度目だろう。ここを訪れる度に彼女に謝っていた。

 僕のせいで彼女は命を落とした。

 そのことへの自責の念だけが、未だに強く残っていた。

 僕は彼女にどうしたらいいのか尋ねた。もちろん、答えなど返ってこないことは分かっている。

 すると、こちらに向かってくる足音が聞こえて来た。顔をあげて足音の方へ視線を移す。

 そこにいたのは、花を抱えた四十代くらいと思われる女性。その女性は僕へ軽く頭を下げ、隣に座った。

 澤部の母親だ。

「あなたも来ていたのね」

 そう言うと持ってきた花を墓前に飾り、手を合わせ静かに目を閉じた。それからしばらくの間、手を合わせていたが、目を開け、すっと僕の方へ向くと、

「あれから、もうすぐ一年が経とうとしてるのに、あの子に何度も会いに来てくれて……ありがとう」

 と、もう一度、頭を下げゆっくりと立ち上がり、僕にも立つように促した。僕と澤部の母親は特に移動するわけでもなく、そこにとどまっている。

「あの子は私が離婚してから、あまり笑わず口数が少なくなってしまったけど、あなたと知り合った頃からとても笑うようになった。たくさん、お喋りをするようになった」

 澤部の母親は彼女のことを思い出しながら、懐かしそうに、お墓の方を見つめて言葉を一つ一つ選ぶように喋り続ける。

「あの子があなたを支えたように、あなたはあの子を支えてくれた。あなたと出会えて、あなたが仲良くしてくれて、短かったあの子の人生は本当に幸せだったと思う」

 澤部の母親につられるようにお墓を見つめていた。すると母親は、僕の方へと向き直し手を取った。

「一緒に過ごした時間を思い出にして、もう、あなたは美里に縛られずに、先に進んでちょうだい。だって、あなたの周りには、あなたを心配している人たちがいるの。これからは美里のためじゃなく、その人たちへ心を向けてあげて」

「美里も、それを望んでいるわ」

 母親はそう言うと僕を残し、階段を降りて行った。僕は彼女の後ろ姿を見ていたが、お墓の方へ体を向けて一言、彼女の墓前へありがとうと伝えた。

 僕は墓地を後にし、ゆっくりと来た道を引き返して行く。

 帰りの電車の中で他人との関わりを拒み続けていた僕に対し、見捨てずに関わり続けようとしてくれた人たちを思い浮かべていた。

 栗原、山川さん、掛川、篤、勇次、桜。

 決して多くはないその人たちとの関わりが、これからの僕にとってとても大切なんだ。

 僕は携帯を取り出すと、彼らにも、ありがとうとメッセージを送った。

 澤部のことを忘れられる日は来ないだろう。でも、今までと違い、悲しみだけではなく、色んな思い出の中の一つとして思いだすだろう。

 O市内の駅へと戻り改札を抜けると、そこに息を切らせて立っている掛川を見つけた。

 掛川は僕に微笑みながら、

「おかえりなさい」

 と言った。

 僕は掛川だけに墓参りに行くことを伝えていた。掛川は、いつ帰るかわからない僕をずっと待っててくれていたようだ。

「ただいま」

 僕は掛川に答えると、彼女は嬉しそう僕の方へ走りよってきた。