「思ったより、元気そうで良かったよ」

 勇次は僕を見て開口一番に言うとにかっと笑い、僕の肩に手をおいた。

 もともと身長は高かったけど、高校生になり、筋力もついてきてるんだろう。ここ数ヶ月の間に中学の時とだいぶ変わった。

 勇次の隣で篤は僕の顔を、ただじっと見ているだけで何も言わない。何かを言おうとしているのは分かっている。桜は涙を浮かべただ頷いた。

 僕はただ自分が傷つきたくないという理由だけで、三人を随分と傷つけてきたことを、今更ながら理解できた。

「ごめん…」

 僕はその一言がやっとだった。

 篤は僕の肩を小突くと、心配かけんなと言った。

 僕ら五人は近くにあるファミレスに入ると、それぞれ欲しいものを選び、篤と勇次は、部活が終わってお腹が空いたと言い、セットメニューとは別に、おかずを単品も頼んでいた。

 僕はそこまで空腹じゃないこともあり、ドリンクバーとフライドポテトを一皿注文し、ドリンクバーのコップを店員から受け取り、ジュースを取りに行こうして席を立つと、篤も一緒についてきた。

 僕ら二人は、ドリンクバーコーナーまで無言で並んで歩いている。

 コップに氷を入れる音、ジュースを注ぐ音。無言の二人の間に、その音だけしかない感覚に陥ってしまう。

 無言のまま席を立ち、無言のまま歩き、無言のまま席へと戻る。

 そんな、僕ら二人を見ていた勇次が、なんや、お通夜みたいだなと笑った。それにつられて桜と掛川も笑った。

 食事をしながら近況を報告しあった。僕は黙ってみんなの話しを聞いているだけで、特に報告するような出来事は何もなかった。それだけ他人と関わらず生活してきた。

「澤部のことが、今でも忘れられないのか?」

 黙っている僕の様子を見ていた勇次が尋ねてきた。

「忘れれるわけないさ」

 僕はそう答えると、澤部への想いなどを話し始めた。何を言っているか分からないほど、筋道のない、ふらふらした話しをしている。

 デートに誘わなければ、親しくならなければ、差し伸べられた手を払っていれば…

 彼女は死ぬことがなかったんだ。

 だから、僕は澤部のために……

 しばらく話していると、

「いい加減にしろよ」

 黙って話しを聞いてきた篤が、静かに僕の話しを遮った。

 僕はびくんと篤の顔に視線を向けた。篤の口調は静かだったが、その瞳は強く真っ直ぐ僕を見ている。篤のそんな眼差しから、僕は顔を背けた。

 そんな、僕の情けない姿を見た篤は、

「おまえががいつまでもそんなんじゃ澤部が可哀想だろうが。気づけよ、なぁ、澤部がお前を縛っているんじゃない、お前が澤部を縛りつけているんだよ」

 と、僕の腕を強く握りしめながら強い口調で言った。僕はその言葉に対し、何も反論できない。

 僕と篤のやり取りを、掛川と桜が心配そうに見ている一方で、勇次はもくもくと食事を続けていたが、ふと顔を上げ僕を見ると、

「そろそろ澤部を笑顔にしてやれって」

 ぼそっとそう言うと食事を再開した。勇次は僕が澤部への責任から、心の中の澤部を悲しい表情のままで留まらせていることを分かっている。

 目の前の食事を全て平らげた勇次が、また僕の方へ向き、

「楽しかった思い出とか嬉しかった思い出もたくさんあっただろ?」

 と、問いかけた。

 僕は勇次に言われ、澤部と過ごした日々を思い出していた。

 気づいたら涙が零れていた。

 事故で失った悲しみばかりが僕の心をしめていた。でも、澤部との色んな思い出は、たくさんの色で鮮やかに彩られていた。

 澤部のちょっとした仕草、歩き方、ブランコの漕ぎ方、話し方、笑顔、怒った顔、全てが僕の心の中に刻まれていた。

 それを、僕は悲しみで覆い被せていた。

 悲しみを引きずり前に進めないのを、澤部のせいにしていた。

 澤部のせいにして、逃げていた。

 それから、しばらくファミレスで過ごしていると、帰る時間が近づいてきた。篤たちは僕らを駅まで送ると言いついてきてくれた。

 駅前で桜と掛川が二人で話している。僕らはそれを少し離れたところで見ている。

 すると篤が僕の側へ近付いてきた。僕が篤の方へ顔を向けると、篤は僕の真横に立ち、

「なぁ、あの頃、俺はお前のことを親友だなんて言ってたけど、結局、遠巻きで見ていただけだったんだって、親友の振りをしていただけだったっんじゃないかって、お前がいなくなった後、すごく後悔したんだ。たけど、もう後悔はしたくないんだ。俺は友達を、お前を失いたくない。だから、なんでも話してくれよ」

 そう言うと、僕の肩をぽんっと叩いた。僕は、篤の言葉に、あぁと一言返すと、桜と掛川がこちらに戻ってくるのが見えた。

 僕と掛川の乗る電車の時間が来た。僕らは三人に別れを告げ、改札を抜けると桜が僕らを呼び止め、

「私たちはこの町にいるから、いつでも遊びにおいでよ」

 と笑顔で手を振った。

 帰りの電車の中、僕は車窓の縁に頬杖をつき、ぼんやりと外の景色を黙って眺めていた。その横で掛川も、車窓の方へ視線を向けている。

 膝の上に置いていた片方の手の甲に暖かな温もりを感じた。掛川が僕の手に自分の手を重ねている。

 そして、僕の手を自分の方へ引き寄せると、ぎゅっと握りしめたのが分かった。

 僕らは無言で手を握りあったまま、しばらく車窓からの景色を眺めた。