すると凰雅はスーツの上着を脱ぎ、ネクタイを緩めると芹花の家の壁をよじ登り芹花のいる窓までやって来た。

「うそ……」

 凰雅は前世のオウガほどではないが、かなり体を鍛えていた。その筋肉をフルに使い賛嘆に壁をよじ登ってくる。

「俺は前世で最後まで君を守れなかった。だから今世では『セリカ』を絶対に守り抜きたいと体だけは鍛え続けてきたんだ。勉強や仕事もだ」

 前世では王族に逆らうことが出来ず、何度も悔しい思いをした。権力に屈することのないよう今世では力をつけたかった。

「芹花、ずっと思い続けた愛しい人」

 凰雅が芹花の前に手を差し伸べると、その手の上に、芹花が手を重ねてくれた。自分のゴツゴツとした手とは違い、小さく柔らかい手に感動を覚える。

 ああ、『セリカ』だ……芹花。

 こんなにも近くに君はいる。

 なんて幸せなんだろう。

 君がいれば……。

 俺は……。

「俺には君だけなんだ。芹花が近くにいてくれるなら何もいらない」

 俺は本当にそう思っていた。芹花がいれば何もいらないと。

 俺の中で、前世の記憶はまるで昨日のように鮮明とした記憶として残っている。物心ついたときにはオウガとしての記憶があり、前世の記憶と今世の記憶が混ざり合いよく発狂しそうになっていた。俺の頭の中はいつも『セリカ』に会いたい。それだけだった。両親は大人な考え方をする子供の俺のことが気持ちが悪いらしく、いつも煙たがっていた。両親の目には可愛げのない子供として映っていたのだろう。逆に人懐っこい下の弟は両親からかわいがられていた。

 別にそれでかまわなかった。両親に可愛がられたいわけではないのだから……俺は前世の記憶を頼りに力をつけていった。回りにどう思われようと、何と言われようと、『セリカ』を守るための力と権力が持てるならそれでいいと。

 俺は屈折しているのかもしれない。

 

 そして出会った少女は前世の『セリカ』より素直で可愛らしかった。前世の『セリカ』もツンデレで可愛かったが、今の芹花はもっと可愛い。『オウガ』の記憶がある俺が動揺するほどに……。何をしても嬉しそうに笑い、天然なのか、こちらが驚くような言葉で翻弄してくる。

 そして今も……。

「私を見つけてくれてありがとうございます。私も、凰雅さんだけです」

 必死になって俺に気持ちをぶつけてきてくれる芹花。

 可愛すぎるだろう。

 そんな芹花が更に爆弾を投下する。


「凰雅さん、大好きです。お嫁さんにして下さい」

「…………」

「キャーー!!今の無しです。ごめんなさい。なしにして下さい」

 俺の目の前で一人騒ぐ芹花を見つめ、俺は右手で口元を押さえると全身を震わせた。

 お嫁さんって……。

 将来的にそのつもりでいるし、その選択肢しかないと思っている。まさか芹花から逆プロポーズを受けるとは思ってもみなかった。

 俺は嬉しさから破顔した。

「なしにしないで芹花、俺は芹花をお嫁さんに欲しいです」

 凰雅は重ねられていた芹花の指に口づけた。そこは将来指輪をつける場所。

 芹花は真っ赤な顔をしながら凰雅が自分の指にキスをするのを眺めていた。


 
 そんな二人が本当に結ばれるのは、そんなに遠い未来ではなさそうだ。




      fin