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その頃セリカも眠れぬ夜を過ごしていた。
昼間のあれは何だったのか?
ファルロの声が耳にこびりついて離れない。『オウガが死んだらお前はどんな風に泣くんだろうな』
オウガが死ぬ……。
そんなことがあるわけがない。あってはいけない。そう思っても頭の中は悪い方にばかり思考が行ってしまう。
夜になり何度目の息をついただろう。 もう一度大きなため息をついたとき、後ろから声をかけられた。
「セリカ様……眠れぬようでしたらお茶でもどうですか?」
一人の侍女がティーセットを持って現れた。それは媚薬入りのゼリーを必要に食べさせようとした侍女だった。
「メリルありがとう」
メリルと呼ばれた侍女がテーブルにティーセットを並べていく。お湯を入れ準備を始めると、ポットから紅茶の良い香りが漂ってきた。それをティーカップに注ぐ。メリルがスプーンで一くち口に含み、何もないことを確認してセリカにカップを手渡した。
「良い香りね」
そう言ってセリカは紅茶の入ったカップを傾けた。
「セリカ様お疲れのご様子ですが、大丈夫ですか?」
「大丈夫よ。メリルのおかげで食事やお茶に注意することもないから……オウガの負担もなくなって本当に良かったわ」
「いいえ。あの日、薬を盛った私を助けて下さったセリカ様に少しでも恩返しが出来るなら、私は何でもいたします」
そう、あの日セリカは「私は聖女でもあなたは助けてあげないわ」そう言いつつも、メリルに近づき癒やしの歌を一瞬囁いた。そして、持っていた解毒剤を手渡したのだ。
「あの日セリカ様が助けてくれなければ、あのままどうなっていたことか……まさかあのような薬だとは思ってもいませんでした。王医様からは、調子が良くなる薬をセリカ様にこっそり飲ませたいとの話でしたし……」
「でも、そのおかげでこうして美味しい紅茶を飲むことが出来る。私は良かったわ」
クスクスと笑うセリカにメリルも微笑んだ。
「メリル遅くまでありがとう。ここはこのままで良いから先に休みなさい」
「かしこまりました。失礼いたします」
メリルは頭を下げると部屋から出て行った。セリカは椅子から立ち上がるとバルコニーへ向かう。星々が輝く夜空を見上げると、自分を主張するように白銀に輝く月が浮かんでいた。
私はまだ、オウガに秘密にしていることがある。このことを話したらオウガはどんな顔をするかしら……また悲しそうな顔をさせてしまうかしら。オウガには笑っていてほしいと思う。それなのに、私はオウガを悲しませてばかりいる。
ねえ……オウガ、あなたは私がいなくなったら泣いてくれるかしら?
白銀の月を見つめるセリカの瞳から涙のしずくがこぼれ落ちていた。