「木嶋さん、改めてよろしくお願いします。えっと…私は大園 明里(オオゾノ アカリ)です。今年で社会人5年目です。」


そう言って深々と頭を下げた。


「社会人5年目!?じゃあ、大先輩じゃん!?俺と5歳も違うってこと!?」


なんてすごく驚いたリアクションをするものだから、逆にこっちまで驚いてしまう。

そんなに驚くものか…?と思いつつ、苦笑いを浮かべていると、「じゃあ、明里先輩だ」なんて木嶋さんは無邪気に笑った。


その後は、他愛のない会話して喫茶店を出た。


「美味しかったです、本当にありがとうございました」


お礼を言うことしか出来ない自分を情けなく思いながら、深く頭を下げると、「いえいえ!」と木嶋さんは屈託なく笑った。

本当に優しすぎて、むしろ怖いくらいの木嶋さん。

ちゃんとお礼が出来るように、連絡先くらいは伝えて置かないと。


そう思い、口を開きかけた時だった。



不意に木嶋さんのポケットから着信音が鳴り響いた。

「ちょっとごめん」と一言私に告げ、そそくさと携帯画面を確認する木嶋さん。

だけどその瞬間、木嶋さんの表情が少し険しくなったのを感じた。


「どうかしたんですか?」とつい問いかけると、木嶋さんはぎこちなく笑って誤魔化す。

と、そんな時、偶然にも私たちの前を通ったタクシーを木嶋さんは見逃さなかった。


すぐさまそのタクシーを停めると、私を強引にタクシーへと押し込んだ。


「え、ちょ……っ!」


「ごめん、明里さん。これからちょっと用事が出来て」


そんな突き放すような言葉と同時に、木嶋さんは私の手に無理やり1万円を握せた。


「ちゃんと見送れなくてごめんね!ちゃんと無事に自分の家に帰って」


そう言い放つと、木嶋さんは私の言葉を待つことなく急いで走り去って行った。

そんな木嶋さんの後ろ姿をただ呆然と見送る情けなすぎる私。


連絡先も靴も、しかもお金まで……。
ちゃんとお礼がしたかったのに、結局何も出来なかった。

そんな自分に自己嫌悪しながら、ふと思う。

電話をかけてきた相手は、一体誰だったんだろう……と。

そんな疑問を抱きつつも、行く先を急かす運転手さんに、私は家の住所を伝えたのだった。


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