「先輩……好きです……」
 
 去年の三月、先輩達の卒業式の日。俺は失恋した。
 
 密かに好きだった女子が卒業する先輩に告白している場面を見てしまったのだ。
 
 誰もいない美術室。
 
 その女子も先輩も同じ美術部員。
 
 見つめあう二人。
 
 俺はいたたまれなくなって、その場から逃げ出した。
 
 
「おぉい、齋藤《さいとう》っ!!」
 
 昼休みも終わりに近づいた頃、俺は机の上に頬杖をついてぼんやりとしていた時、同じサッカー部員で、友達の生田《いくた》と笠原《かさはら》に声を掛けられた。
 
 生田と笠原とは、同じ小学校、同じサッカークラブだったという事もあり、昔からの友達で、いつも三人でバカばかりして遊んでいるせいか、いつの間にか三バカトリオと呼ばれている。
 
「ちょっと、聞いてくれん?」
 
 三バカの一人、笠原が俺の正面の席に座ると、顔を近付け、声を落とし言った。
 
「近い、近い」
 
「良いやんな、これくらい。あのさ、俺、最近さ、中田《なかた》とばり仲良くなっとらん?」
 
 そう言って、中田の方へと視線を向ける笠原。そこには真面目そうな女子が次の授業の準備をしていた。
 
「よくわからん」
 
 俺は一人盛り上がる笠原をよそに、素っ気なく答えた。そんな俺に、冷たかなぁと口を尖らせて拗ねる様な素振りを見せた。
 
 正直、むさ苦しい男子がそんな素振りをしても可愛くない。
 
「てかさぁ、生田は伊川にベタ惚れやんか、俺は中田。お前は誰なん?」
 
「ちょ、ちょ、ちょっ!!俺は」
 
「良いやん、お前、いつか告るって言いよったろうが?」

 笠原の言葉に慌てふためく生田。そんな生田にしれっと笠原が話しを続ける。 

「言ったばってんさ、お前、声が大きかったいっ!!」
 
「今更?クラスどころか、全学校中の皆が知っとると思うばってん?」
 
「……」
 
 生田と笠原のやり取りをぼけっと眺めていると、生田と笠原が、また俺に顔をぐいっと寄せてきて言った。
 
「で?お前、誰が好きなん?」
 
 俺ははぁっと溜息をつくと、二人の顔を手で押しのけた。
 
「おらんよ、そんなん」
 
「まじで?お前、俺ら思春期やぞ?思春期の無駄遣いすんなやっ!!」
 
「こればかっかりはしゃあなかやん?」
 
 俺はしつこく食い下がってくる笠原達にそう言うと、教室の窓の方へと視線を向けた。
 
 窓からは暖かな春の陽射しが差し込んできている。その窓辺の席に座って友達と談笑している女子。春の陽射しに負けない眩しい笑顔。
 
「春やねぇ……」
 
 ぼそりと呟いた俺に、笠原達も窓の方へと目向ける。
 
「ほんとやね。こげな日は、外で昼寝ばしたくなるよな」
 
「行く?行っちゃう?」
 
「あなたとならどこへでも♡」
 
「あ、俺も入れて♡」
 
「やだ……両手に花♡」
 
 三人でそんなやり取りをしていると、突然、大きな声で話しを遮られた。
 
「笠原っ!!もうすぐ授業が始まるけん、自分の席に戻らんねっ!!」
 
 中田が睨むようにしてこちらを見ている。ちらりと時計を見ると、授業開始まであと五分ちょっと。そして、タイミング良く予鈴がなった。
 
「へへへ……中田に注意された」
 
 頭を掻きながら自分の席へと戻っていく笠原。でも、その顔はとても嬉しそうだ。
 
 そして、俺はもう一度、窓の方へと顔を向けた。窓辺の席の女子と目があった。その女子もこちらを見ていた様だ。そりゃ、そうだろう。俺らの声も大きかったし、中田が笠原を注意した声は更に大きかったから。
 
 その女子がふわりと笑う。
 
 俺はその笑顔からすぐに顔を逸らしてしまった。
 
 早良《さわら》 恵《めぐみ》。美術部部長。
 
 そう、俺があの日、失恋した女子。
 
 あの後、あの先輩が早良になんて返事をしたかは知らない。でも、俺は失恋しても、彼女の事が諦めきれていない。
 
 もう一度、ちらりと早良の方を見ると、まだこちらを見ていたらしく、再度、視線が交差した。そして、何を思ったのか、早良が小さく手を振った。あの笑顔を浮かべて。
 
 俺は恥ずかしくなり机の上にうつ伏せとなった。
 
「具合悪かと?」
 
 隣の席の女子が机の上にうつ伏せとなった俺へ声を掛けてくれた。俺は顔をあげたくなかったので、そのまま首を振った。
 
 可愛かったなぁ……
 
 笑顔で手を振ってくれた早良。
 
 彼氏がいても良いや、もうしばらくこの片想いを続けよう。
 
 俺は胸のどきどきがおさまるまで、顔をあげる事が出来なかった。