「ねぇ、三井(みつい)?」
 
 私は隣を歩いている三井(みつい)冬馬(とうま)に話しかけた。三井は一応、私の彼氏と言う事になっている。夏休みが終わる日までの期限付きだけど。
 
「なん?」
 
「私らが付き合い始めて、もう随分経つやん?」
 
「ほんなこつねぇ……」
 
「そろそろさ、下の名前で呼びあわん?」
 
「……はぁ?まぁ、お前が良いんやったら良かけど?」
 
 私の突然の申し入れに少し驚いた三井だったけど、すぐにふわっと笑うとすんなりと受け入れてくれた。
 
「私は全然良かよ?なら、それで良かね?よろしく冬馬」
 
「ん、よろしく結衣(ゆい)
 
「皆の前でも?」
 
「良かっちゃない?皆、俺らが付き合っとるん知っとるやろ?カップル(仮)っち事までは知らんやろうけどさ」
 
 私は念の為に冬馬へと尋ねる。それにもあっけらかんとした口調で答える。カップル(仮)なんだから、皆の前では嫌がるかと思っていたのに。
 
 
 私と冬馬は奇妙な付き合いを始めてから何度もデートをしたし、毎晩、LINEをしたりしている。何回目かのデートで初めて手を繋いだ。
 
 気づいたらデートの時、お互いに何も言わずに手を繋ぐ。さり気なく、当然のように。
 
 そして、下校中の今も手を繋いでいる。
 
 周りから見たら本物のカップルなんだろう。デートの時には、お洒落して、少し化粧もして。
 
 私達は周りに嘘をついている。いや、周りにだけではない。
 
 私は冬馬に嘘をついている。

 あの期間限定で付き合おうと提案する前から。
 
 好きな男子なんていないと言った。恋なんて分からなと言った。
 
 嘘。
 
 好きな男子はいるし、友達の好きと恋愛の好きの違いも知ってるし、胸がきゅんとなるのも知ってる。
 
 だって私、香椎《かしい》結衣は、三井冬馬の事が大好きだ。ずっとずっと前から大好きなんだ。
 
 だから、私は冬馬に期間限定で付き合おうと話しを持ちかけた。振られたくないから。まさか、乗って来るとは思わなかったけど。
 
 夏休みが終わるまで、私は必ず冬馬を私に惚れさせてやる。
 
 私は少しだけ繋いでいる手に力をいれた。
 
 
 
 
 
 今日、部活の帰り道、香椎から呼び方を変えようと言われた。今までの『香椎』と『三井』から、『結衣』と『冬馬』へ。
 
 確かにカップル(仮)とはいえ、もう結衣と付き合い始めて数ヶ月が経っている。別に下の名前で呼びあってもおかしくないし、むしろ、遅いくらいだろう。しかも、皆の前で呼びあう事も俺は受け入れた。まぁ、皆、知っているから別に構わないし。
 
 結衣から持ちかけられて始まった期間限定の付き合い、カップル(仮)。期間は夏休みが終わるまで。
 
 なんで、俺がそれを受け入れたのか、はっきりと聞いて来ないけど、何度か遠回しに聞かれた事がある。その時は、適当な理由を付けて答えたけど、本当の理由は言えなかった。
 
 俺がずっと前から、結衣の事が好きだったからなんて。じゃあ、その話しを持ちかけられた時に告れば良かったやん?なんて言われるかもしれない。
 
 でも、ああもはっきりと恋なんて分からないみたいな事を言われたら、即振られるに決まっている。それが怖かった。
 
 だから、俺は期間限定の話しに乗ったんだ。
 
 夏休みが終わるまで、結衣に俺の事を好きになってもらう為に。
 
 俺は、隣で楽しそうに笑いながら歩いている結衣の方をちらりとみた。
 
 繋いでいる手。
 
 小さな結衣の手。
 
 その手に少し力が込められた様な気がした。気の所為かもしれないけど、俺も少しだけ掌に力を込めた。
 
 少しでも俺の気持ちが届くように。